遠回りのハイド・アンド・シーク

「吐け。でなくば、手痛い教訓を学ぶことになるぞ。プロの仕事を甘く見ない方がいい」
「ひぃぃっ!本当にしらねーってば!」
「あくまでシラを切るつもりか。だが、これは確かな筋からの情報だ。ボロを出す前に素直になっておけば長生きできるぞ」
「な、なんだよその確かな筋って……」
「常盤が、本日の日直であるお前と千鳥が共に職員室へ行くのを見たと証言していたのだ」
「ああ、かなめなら、先生から貼り紙するように言われてたわよ。掲示板にいるんじゃない?」
「む。そうか」
片方の男子生徒がグルカ・ナイフで脅されているという異常な光景に臆することなく、通りがかった工藤詩織が口を挟んだ。
『もう解放してあげたら?』という詩織の言葉に、宗介は素直に従った。
「嫌疑は晴れた。誤認拘束だったようだ。もうお前は自由の身だ」
あたふたとろうかを駆け出す男子生徒を見送りながら、宗介は悪びれもせず掲示板へと向かった。
詩織の背中にかくれるようにしていた女生徒が、おそるおそる顔を出す。
「ちょっとぉ詩織……恐くないわけ?」
「へーきへーき。相良くんはかなめに危険が及ばない限りは、いい人だもん。それに、これくらいで驚いてたら、4組じゃやってられないわよ」
気にしない、気にしない、と詩織は手のひらをぱたぱたと振ってみせた。
「慣れるってすごいことなのね……」
詩織の後を追いながら、女生徒は彼女の意外な逞しさを無理矢理納得した。

「あれ?相良先輩、今日は一人で帰るんですか?珍しいですね」
昇降口から下駄箱に向かおうとしていた佐々木博巳が如才なくあいさつした。
見れば、彼こそが、かなめが頼まれたという貼り紙を持っている。
すでにあとひとつ画鋲を留めれば張り終わる、という段階まで作業は進んでいた。
「佐々木、なぜお前がそれを持っているのだ?まさか、生徒会副会長の座を妬んで、千鳥の人望を貶めようと公務を奪っ……」
「……そこまで遠慮なく友達を疑えるのは、一種の才能だよね……」
ため息をつきながら最後の画鋲を留めると、佐々木は宗介に向き直った。
「千鳥先輩なら、体育倉庫のカギを閉めにいきましたよ。ここからじゃ遠いから、僕がこっちを代わったんです」
「それは見上げた心がけだ。では、俺は先を急いでいるのでな」
尊大な宗介の物言いを受け流すのも慣れたもので、佐々木は適当に返事をして宗介の背中を見送った。
「ま、相良先輩が一人で帰るわけないか」

「ぜぇぜぇ……!!な、なんだってんだ……」
力ない足取りで体育倉庫を後にしようとする椿一成は、ちょうど反対方向からやってきた宗介に出くわした。武力、恋愛、行動パターン、そのほかもろもろの面でのライバルを目にした宗介は、警戒体制に入るより先に、一成のその姿に眉をひそめた。
「どうした、椿。餓えたベンガル虎にでも襲われたか?」
会話のベクトルがややずれているものの、なるほど、宗介が驚くのも無理はなかった。
今の一成の姿ときたら、学ランの右肩口は取れかけ、ワイシャツのボタンは一番下ひとつがかろうじてぶら下がっている無残な状態。そのうえ、アンダーのTシャツさえ、野生動物の爪で引き裂かれたかのごとき裂け目が幾筋もついていた。
「むしろ、虎のほうがどれだけマシだったか……!!こっちが殴れねぇだけ、虎の百倍タチが悪いぜ……」
「いったい、どんな猛獣に……」
宗介の言葉をさえぎるように、真っ暗闇の体育倉庫から稲葉瑞樹が飛び出してきた。
「イッセーくん!ここにいたのね!もうっ恥ずかしがり屋さんなんだからぁ。あたしをムリヤリ体育倉庫に引きずり込んでおいてぇ~」
「だれがムリヤリ引きずり込んだ!!部活のマットを片付けに行った俺を、お前が体育倉庫に監禁したんだろうが!!」
「や~ね、人聞きの悪い。た・ま・た・ま、カナメの代わりにカギを閉めにきたあたしとイッセーくんが出会っただけじゃない!こんな偶然、あるはずがないわ!運命としかいいようがないわよね!」
「千鳥から強引にカギを奪ったのはお前だろうが!せ、せっかく千鳥と二人で片付けができると……」
真っ赤になってどもった後半部分は、瑞樹には聞こえていないようだった。が、本能に忠実に過酷な日々を生き抜いてきた宗介の耳には、しっかりと届いていた。
「ほう。あのように明かりひとつない密室で千鳥と二人、何をするつもりだった?」
「な、ななな、何もするわけがないだろう!お前と一緒にするな!」
「忍耐の鍛錬を積んだ俺ならばとにかく、貴様のように粗野で野蛮で羞恥心のかけらもない破廉恥漢が暗闇で千鳥と二人など、危険極まりない事態だ」
場の温度が、ざっと十度は低下する。まさに一触即発の臨戦態勢だ。が、険悪になってきた空気をまったく読まずに、瑞樹が心底鬱陶しそうに宗介に言った。
「もー!いいトコロなんだから、空気読みなさいよ!カナメならキョーコに助っ人を頼まれてどーのとか言って、どっか行っちゃったわよ。ソフト部の部室にでもいるんじゃない?」
「……ふむ」
有力な情報を得たことに安堵した宗介は、しばし考える。
今、この場で敵にもっとも効率的かつ甚大なダメージを与える方法は――――
「さ、相良!お前、俺を見捨てるのかーーー!!」
「許せ、椿。戦いに犠牲はつきものなのだ。今日この日のお前の犠牲を、俺は生涯心に刻むと約束しよう」
大仰な言葉とは裏腹に、迷いのかけらもなくスタスタと宗介は歩き去る。その後ろで、ライオンに狩られる野ウサギのごとき悲痛な悲鳴が響き渡った。

「え?カナちゃん?確かにさっきまではここにいたけど、生徒会の仕事があるって言って、ついさっき行っちゃったよ」
きょとん、と宗介に告げる恭子の声を、宗介は脂汗をたらしながら聞いていた。
見れば、練習後のミーティングもすでに終わり、女子ソフトボール部の部員たちは恭子とあとわずか数人を残すのみになっていた。
さほど広いわけでもない校舎内。どうしてこうも、彼女を捕まえることができないのか――――
もしかしたら、かなめは意図的に宗介を避けているのではないか?
自分なりに努力をしているつもりではあるが、ついに愛想を付かされたのではないか――――
マイナスの方向へ、果てしなく妄想が広がり始める。
「だ、大丈夫?相良くん?なんか、ものすごーく落ち込んでない?」
「いや……大丈夫だ……。正常が極まって心身している。問題ない」
「……かなり、動揺しているみたいだね……」
どんよりとした空気を背負って部室を出て行く宗介の耳には、恭子の励ましがまったく聞こえていないようだった。

「あら、相良さん。もう閉めようと思っていたのですけど、まだ何か用事がありますか?」
案の定というべきか、そこには美樹原蓮と林水敦信しかいなかった。
「千鳥君なら、日誌を職員室へ届けてから帰ると言って、先ほど出て行ったところだよ」
「そうですか……」
表情には出ないものの、宗介の周囲には『がっかり』と書かれた灰色の空気が充満している。
「我々も仕事が片付いたので、閉めて帰るところだ。下校時刻も過ぎているしね。君も早急に千鳥君を発見して、下校したまえ」
「了解しました。会長閣下」
無機質な返答と対照的に、雨に濡れた犬のような風情を漂わせて、宗介は生徒会室を後にした。
「よろしいんですか?相良さん、相当落ち込んでらっしゃいましたけど」
「なに、狭い日本そんなに急いでどこへ行く、だよ。況や一学校の校舎をや、だ。それに、彼ならば心配あるまい。千鳥君を探すためならばマリアナ海溝をも潜りかねない男だ」
「ええ。そうですわね」
どこか楽しんでいるように、林水は生徒会室の鍵をひねった。

伸びた背筋にふさわしくない、負け犬のようなオーラをまといながら、宗介は職員室へと向かった。長い軍隊生活の性ゆえか、無意識に窓の外へ注意を払う。体育倉庫の周りに、不自然に土や草木が飛び散った跡が見えた。人目に触れにくい校舎外れの体育倉庫といううらぶれた場所だからこそ警戒を、と埋め込んでおいた地雷が炸裂したようだった。どうやら、先ほどの騒動の中で、不運にも一成が地雷を踏み抜いたらしい。
『ソースケ!あれっほど!!『無闇に地雷を埋めるな』って言ったのに、まぁだ分からないの!?』
条件反射的に、憤怒の表情をたたえたかなめの声が耳に響く。
とはいえ、下校時刻が迫っている今、起爆装置を解除して除去するほどの猶予はない。せめて、立ち入り禁止用テープを張っておこうと、宗介は冷や汗を浮かべながら問題の場所へ走っていった。

「あ、いたいた。ソースケ、帰ろうよ」
もうひと息で作業完了、というところで、耳慣れた声が聞こえた。そこには、下校準備を万端に整えたかなめが、学生鞄を提げて立っていた。
「はい、ソースケのカバン。教室に置きっぱなしだったよ。あんた、カバンに何入れてんのよ?重いったらありゃしない」
渡されたカバンにうなずきながら、宗介はあらためて現在の状況を確認した。
めったに生徒が近寄らない校舎のはずれ。しかも、下校時刻を過ぎている。普通に考えれば、こんなところに生徒が残っているとは思いつくまい。というのに、かなめは別段探し回ったふうもなく、平然と宗介を見つけてのけた。
これも、ウィスパードの能力だろうか?
「千鳥、ひとつ質問がある」
「ん?なによ?」
「なぜ、俺がここにいると分かった?特に君に伝えた覚えはないはずだが」
「はぁ?相変わらずヘンなヤツね。なぜと言われても、別に理由なんかないわよ。なんとなく、ソースケがここにいるんじゃないかなーと思っただけ」
「ふむ」
要約するに、野生のカン、虫の知らせといったところか。なるほど、今日の自分は人からの情報だけを頼りに、かなめを探していた。結果、探し回ってもかなめを見つけることはできなかった。逆に、かなめは自身のカンだけで、迷うことなく宗介を探し当てた。
必要な情報の取捨選択を至上とする傭兵であるにもかかわらず、その事実はなぜだか宗介を心地よい気分にさせた。
「どしたのソースケ?なんかうれしそうだね。いいことでもあったの?」
「うむ」
「へー!なんだか分からないけど、よかったじゃない!お祝いに、おはいお屋のトライデント焼きでも食べに行こっか?」
「うむ。今日は俺がおごろう」
「マジで!?ラッキー!」
心底うれしそうにかなめは笑顔を見せる。その笑顔が、宗介の祝い事をもうひとつ増やしたことを、彼女は知る由もなかった。

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