8.chaotic crimson【R-18】

(なんだよなんだよそういうコトかよッ!?
いいのか!? オレ一応護衛なんだぞ!?
護衛の前で思いっきりスキャンダルかましてくれやがってッ!
いつもはキノコみたいにジメジメした性格のクセに、今朝は妙にサッパリした顔してさ!
ちょっとは周りへの配慮もしろっての!!)

 信号待ちの間、心の中で思い切り毒づく。
 だいたい、いやな予感はしていたのだ。なぜかカガリに貸したはずのコートを、不機嫌さを隠そうともしないアスランから手渡されたその時から。
 その時は深く考えなかった。単に、カガリが食堂に忘れていったかなにかして、それを見つけたアスランが返したのだろう、くらいに思っていた。けれど、朝食の席で予感は確信に変わった。
 シンに対して妙に刺々しいアスラン。そして、にこにことはしているが無言のキラ。
 女性二人は気づいていないようだったが、食堂の空気は明らかに昨夜より重みを増しており、南海に浮かぶ島にもかかわらず、体感温度は肌寒いほどだった。
コーディネイターであるシンの記憶力を持ってしても、朝食の味は思い出せそうにない。

「パッパーッ!!」
 後続車から催促のクラクションが響く。
慌ててクラッチを蹴ってバイクを発進させると、急発進の反動で、カガリがシンの背中にドンッとぶつかった。
 ぶつかると言っても、痛みはまったくない。
むしろ、シンの背中で形が柔軟に変わった膨らみに、心地よさすら感じてしまう。
 カガリの『女性』を意識してしまうと、否応なしにアスランとの生々しい想像が膨らんでしまう。
向かい風にたなびくカガリのジャケットが、さらにそれを助長する。

(そうかそうかそういうコトかよ!! まったく大人げないったらないよ、あの人はッ!!)

 朝の公道を走るには、紫紺の首長服はいささか目立ちすぎる。バイクの後ろに跨ろうとしたカガリに、シンは再びコートを差し出そうとしたが、アスランがそれを制してカガリにジャケットを羽織らせた。
 その意味を、シンは今ようやく理解した。
 もともと、カガリをアスランのもとへ強引に連れてきたのはシンだった。
だから言ってみれば、この状況はシンが望んだものでもあったはずなのだ。
それなのに、当のアスランに感謝されるどころか、八つ当たられるとは。
 納得できない思いでいっぱいではあったけれど、背中にしがみつくカガリの表情が、この上なく満たされたものであったから。
 シンにできることは、何も言えずただ不機嫌になることだけだった。

「今日も一日お疲れ様。また明日、頼むな」
 すでに時間は午後十時を回っている。若干寝不足気味に見えるものの、昨日よりは格段に爽やかにねぎらいの言葉をかけられる。昨日も一昨日も言われた、お決まりの挨拶。
 軽く会釈して、これもまたいつも通り執務室を出て護衛の控え室へと向かう。
「あ! シン!」
 振り返るとそこには、『代表首長』ではなくて、一人の少女が居た。
恥ずかしそうに小声で、けれどはっきりとカガリが口を開く。
「…………ありがとな」
 何に対しての礼なのかは、もちろん言われなくとも分かった。
「……別に……。たいしたことじゃ……ない……ですよ」
 お互いが照れれば、必然的に空気はぎこちなくなる。
そっぽを向くシンとの空気を、カガリは必死に和ませようと試みる。
「昨日さ、実はちょっとドキっとしたんだ。細いくせに力あるんだな、シンは」
「……そりゃ、一応軍人ですから」
「だ、だよな!アスランも、ああ見えて力はあるし………。二人とも、女みたいな顔しててもちゃんと男なんだよなぁ」
「悪かったな、女みたいな顔で」
 気にしていたことを指摘され、ますますシンは不機嫌な態度を崩せなくなる。
失言に気づいたカガリが、慌ててフォローを入れようとする。
「で、でも、シンのほうがアスランなんかよりよっぽど男らしいぞ! アイツは……ほら、一人でぐるぐる悩んじゃうからさ」
『困ったヤツだよな』とカガリは苦笑いを作る。
 その実、ちっとも困ってなんかいなさそうなのが、なぜかシンの神経に障った。
「でも、男らしいオレよりアスランのほうがいいんだろ?」
 意外な言葉にカガリは驚く。
 そして同時に言葉に詰まる。
 頭をフル回転させて出てきた言葉は、自分でも呆れるほど素直ではないものだった。
「………放っておけないからさ、アイツ……」
 思い出すように愛おしむ目をするカガリに、シンは苛立つ。
「それに、シンよりアスランのほうがいいとか、そんなふうに考えたことはないから……」
「比較対象にすらならないって?」
「そ、そういう意味じゃ……!!」
 弁解しようと、正面からがっちりとシンの腕を掴む。
 無意識にスキンシップをとるのは、カガリの悪い癖だ。
急に距離を詰められたシンは、内心ひどくうろたえていた。
「い、痛いって! 放せよ!」
 本当はたいした痛みもなかったが、狼狽を悟られないため大仰に痛がってみせる。
カガリの手を振りほどくと、シンはいかにも痛そうにコートをめくって腕をさすった。
「す、すまない! ……大丈夫か!?」
 シンの演技を信じきっているカガリは、心配そうにさすられている腕に駆け寄る。
「ああっ!! 赤くなってるじゃないか!」
 今度はシンが驚く番だった。
 痛いふりをしていただけのはずだったのに、赤くなっているって?
 見れば、肌にはうっすらと爪痕のような傷がいくつかあった。
原因を思い出す。
すぐに心当たりに突き当たった。
「だ、大丈夫だって! それにこれは今できた傷じゃなくて、昨日のバイクで……」
「あっ……」
 同じく、カガリにも原因が分かったらしい。
「す、すまないっ! わ、私バイクとかあまり乗ったことなくて……。力をいれて過ぎてしまったか……」
 しゅんとするカガリを見て、シンの庇護欲が急激に膨らむ。
 そして思う。
そう、言葉遣いや態度からはとても想像がつかないが、やはりカガリは一国の姫なのだ。
バイクを乗り回すような世界とは無縁に育った、箱入りのお姫様。
「だ、大丈夫だって言ってるだろ! 今気づいたくらいだし……。つまらないこと気にするなって!」
 小さくなるカガリを、シンなりの言葉で必死に元気づける。
天邪鬼なシンとは違い、過ぎるほどに素直なカガリの性格は、時にシンを混乱へと突き落とす。
「でも……」
 心配そうに上目遣いで近づくカガリに、シンは目を白黒させる。
 カガリ本人は気づいていない自然な女らしさが、シンに余計なことを思い出させる。
背中でふにゃりと形を変える豊かな胸。
海水を含んで、しっとりと浮かび上がった女性らしいライン。滴
る水で彩られた白いワンピースから零れた細い手足。
アスランに抱かれた『女』であるという事実。
今日一日感じていた、抱かれた後特有の妙な艶かしさ。
 すべてが一気に押し寄せて、シンは頭が真っ白になる。
「ああもうっ!! 平気ったら平気だから! 気にするな!! お疲れ様でしたッ!!」

 どうやって官舎まで戻ってきたのかは覚えていない。
とにかくバイクを飛ばして、一切無駄のない動きで自室に飛び込んだ。
 態度と違って悲しいくらい正直な下半身が、これでもかというくらい血を集めていてズキズキする。
バイクの風に当たれば誤魔化せるだろうと思っていたが、一向に鎮まる気配がない。
(くそっ! なんなんだよお前までっ!  大人しくしてろってッ!)
 主の意図に反して、元気いっぱいに自己主張を続ける分身に、腹立たしいやら情けないやら。
 こうなったら物理的に収縮させようと思い立ち、投げ捨てるように服を脱ぐと、シャワーのコックをいっぱいにひねった。
 火照った肌を温かい湯が流れていく。深呼吸を何度か繰り返して、気分を落ち着けようと試みる。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
 何度目かの深呼吸の途中で、やはり無駄な抵抗だと舌打ちした。
 シャワーの音と水のにおいは、否応なしに昨夜バスルームから飛び出してきたカガリに結びついてしまう。
 ひたいに張り付いた髪、あごを伝う雫、洗いたての肌、石鹸のにおい、真っ白なワンピースがシルエットで浮かび上がらせていた、女性らしい肢体。
 そして、その身体を這うアスランの手。
嬌声を上げて応えるカガリのあられもない姿。
想像が妄想を呼び起こす。
 心のどこかでルナマリアに対して謝るも、それすらもう歯止めにはならない。

「……はぁ……はぁ……っく……っぅ……は……」
 呼吸音はいつしか不規則なものに変わっていた。
 ぬるま湯に打たれながら、指で作った輪でペニスをしごく。
いつの間にか、カガリの肌をすべる指も、乳首を転がす舌も、秘所を貫くペニスも、アスランのものではなくシンのそれに変わっていた。
酔いしれたように乱れ、涙を浮かべてシンを乞うカガリに、シンの熱は高まっていく。
 首筋が、鷲掴みにされたようにぞくりとする。
快感は脊髄を駆け下りてシンのすべてを支配する。
溜まりきったものを放出する恍惚を、シンはしばし目を閉じて味わった。
 吐き出された欲望は、水流に混じって排水溝へ吸い込まれていった。
「……なにやってんだ……オレ……」
 射精した後特有のどんよりとした疲労感の中、シンは力なくつぶやいた。

「シンのヤツ、どうしたんだろう? 怒っているってわけでは……なさそうだったが……」
 逃げるように走り去ったシンに、カガリは首をひねる。
しばし思案した後、シンがつんけんした態度をとるのは今に始まったことではなかったから、いつもの癇癪なのだろうと納得した。
 持って帰った書類を机に重ねると、するりとシャツを脱ぐ。
ラクスに洗ってもらったシャツからは、自宅で洗った時とは違う洗剤のにおいがした。
昨夜のことを思い出し、思わず顔が熱くなる。
 いまだ肌に燻ぶるアスランとの秘め事が、鮮やかによみがえる。
やさしく触れる手、渇いた場所なんてなくなるくらい体中にされた口づけ、ひりつくくらいに貫かれた身体の中心。
 思わず、椅子に掛けておいたアスランのジャケットを抱きしめる。
汗と髪のにおいが混じった、アスランのにおい。
 そのにおいを体中で感じた昨夜のことを思い出すと、じゅわりと体の中心が熱くなる。
(……やだ……濡れてる……)
 湿り気を帯びる自身をはしたないと思いつつ、それでもカガリはアスランのジャケットを抱きしめていた。

「今日も一日お疲れ様。また明日、頼むな」
 再会の夜から2週間あまり。
 毎日繰り返されるねぎらいの言葉。
すでに開き直って、幾度となく想像の中でカガリを弄んでいたシンからは、罪悪感すら消えつつあった。これはこれ、それはそれ。そう割り切ることにした。
 言わなければ決して露見しないことだし、自分がそんな事実を告げることなどあるはずもないのだから。
想像の中の罪は誰も裁けやしない。
シンは自分にそう言い聞かせていた。
 朝の挨拶を交わす時のカガリの笑顔が、ほんの少し苦しかったけれど。

 控え室で帰り支度にかかる。
 引き継ぎデータをインプットして、顔を洗って、ざっと髪を撫でつけて、明日のスケジュールを再確認する。
ロッカーに掛けてあるバイクのキーを握ったら、あとはもうドアを出るだけだ。
一連の動作は習慣化されていて、ベルトコンベアーに乗せられたがごとく滞りなく進行する。
 はずだった。

 顔を洗っていつものようにタオルに手を伸ばす。
が、タオルが積み上げられているはずの場所には、今日に限って一枚も見当たらなかった。
隅々まで手入れの行き届いているアスハ邸では、ほとんど珍事といっていい。
 珍しいこともあるもんだ、と部屋を見回し、すぐに納得した。
シャワールームの1室に『使用禁止』の札が掛けられている。
水漏れか何かで、秘書のうちの誰かがタオルを大量に消費したのだろう、とシンは結論付けた。
(えーと、なんか持ってたっけなぁ……)
 ズボンのポケットには、あいにく財布と鍵とIDカードくらいしか入っていない。
それは今朝家を出る時に確認済みだ。
一縷の望みを託して、普段ほとんど物を仕舞わないコートのポケットをまさぐってみる。
ハンカチの1枚でも見つかればしめたものだ。
 だが、指先に触れたのはハンカチではなく、無機質なプラスティック・カードだった。
(? なんだ?)
 不思議に思って取り出してみると、そこには見知った顔が写っていた。
 肩にかかる長さの濃紺の髪、深緑の意志の強そうな瞳、どこか居心地悪そうに写る端整な顔立ち。
 どうしてこんなものがここに、なんて愚問だ。
シンのコートにアスランのIDカードが滑り込む理由なんて、ひとつしかない。
 コートを貸していた間、カガリがアスランのIDカードをポケットに放り込んだのだろう。
そして、あのアスランがIDカードを落とす理由があるとしたら……。
 アスランとカガリしか知らないはずの光景が、シンの眼前に浮かぶ。
「………ッ!!」
 顔と分身が、急速に熱を持つ。
こめかみがどくどくと脈打ち始める。
 すでに、想像の中でカガリを玩りまわすことに罪悪感は失せている。
脳裏に浮かんでは消えていくアスランとカガリの痴態は、すぐさまシンとカガリのそれに変換されていく。
問題があるとすれば場所だったが、すでに他の秘書は帰宅して久しいし、こちらから呼ばない限り使用人も執務室の周辺には来ないはずだ。

「…………は……っ……は……」
 声を殺して、いつものように刺激を加える。
 勝手知ったる自分の身体だ。
男の誰もがそうであるように、吐き出してまえば、何事もなかったように冷めてしまえるはずだ。
ならばさっさと出してとっとと帰ろう、これは単なる排泄行為なのだから。
 そう自分に言い聞かせて、機械的に射精を促そうとペニスをしごく。
緩急もつけずに扱くスピードを上げていく。
「忘れてた! シン、この資料明日までに……」
 ノックもせずに勢いよく飛び込んできた主人の足音に気づかなかったのは、一生の不覚だった。

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