難攻不落のセーフ・エリア

「起きろ、千鳥」
「……む……あと5分……」
「これ以上眠ると風呂に入る時間がなくなるぞ」
「んー……」
「俺は構わんが、君は精液のにおいがついたまま学校に行くのは絶対にいやだと以前―――おごッツ!!」
「乙女の朝に精液とかぬかすんじゃないわよ! このノームード男っ」
ベッド脇からかなめを覗き込んでいた宗介のわき腹に、かなめがしなやかなバネを利用したニー・キックを叩き込んだ。
『君も言っているではないか』と口にしたら、怒りに火を注ぐことは必至だろう。歴戦の兵士たる宗介の直感が、そう告げている。
うずくまる宗介を後にして、かなめはのろのろと風呂場へ消えていった。
「ん~……おは……よう……」
「うむ。相対的にいってあまりおはやくはないが、起床したようだな、千鳥」
「朝っぱらから小難しいことを……」
朝のかなめに、昼にみせるカミソリのごときキレはない。先ほどの惨事も、昼だったらもっと惨たらしい折檻を加えられていたはずだ。
心の中で『異常なし』と点呼しながら、宗介はかなめに制服のリボンを手渡す。
最後の仕上げ、とばかりにシュルリとリボンを巻きつけると、かなめはエプロンを付けてキッチンに立った。いそいそと食卓に着く宗介は、いつ見ても忠実な犬のようだ、とかなめは内心苦笑する。
「ごめん。時間ないから、トーストとハムエッグとコーヒーだけでいい? あと、昨日の残りのサラダ」
「問題ない。君の作ったものならば、産業廃棄物でも食ってみせる」
「……褒めてんだか貶してんだか分かんない言い方よね」
慌てて言い訳をする宗介の声を背中に聞きながら、かなめは機嫌よくフライパンに油をひいた。
登校時間まで、あと20分。

「しまった! 今日って資源ごみの日じゃない! 出すの忘れてた……」
満員電車に揺られながら、1限目の小テスト対策について話していたかなめが、唐突に叫んだ。
来週の同じ曜日、2週間分の資源ごみを捨てる自分の苦労を思って、絶望的な気分になる。
「問題ない。君が起床する前に捨てておいた」
「えっホント?」
「ああ。ペットボトルは商品表示およびフタを除去のうえ水洗いし、アルミ缶は洗浄した後上下部を潰し、それぞれ回収ボックスに投棄した。ダンボールはビニル紐で固定後、所定の場所へ置いた。雑誌も同様に処置済みだ」
「おおー! 完璧じゃないの!」
「問題ない。ゴミ係として2年間培った能力を駆使すれば当然のことだ」
「ノリで押し付けたゴミ係役がこんなに役に立つなんて。あたしって先見の明があるわー……ふっふっふ……」
「何の話だ?」
「な、なんでもないのよ!? うは、うははは……」
「そうか。この過密状態に精神恐慌を起こしたのでないのならよい。カンボジアにいたころ、今の状況と同様、輸送ヘリにスシ詰めにされたことがあってな。極限状態だった新兵が唐突に発砲して―――」
「そ・お・い・う・ん・じゃ・な・い・か・ら・ッ!!」
「……そうか」
満員電車で身動きのとれないかなめが、眉を吊り上げた顔だけをぐいっと宗介に近づけて威嚇する。
思いがけずクローズ・アップされたくちびるに、宗介は昨夜の情事を思い出して、人知れず赤面した。

「カナちゃん、ありがとー! クリームパン、私の分まで!」
「なんのなんの。入学したての1年生のパン取り合戦なんて、戦歴2年を誇る私にいわせりゃ新兵のダンスみたいなもんよ」
「まあ、頼もしい」
「カナちゃん、言い回しが相良君みたい……」
「うっ……!」
戦利品の購買パンを手に、かなめが一瞬固まる。ツッコミにいやな汗を流すかなめを、恭子はにやにやと物言いたげに、蓮は見守るようにおっとりと見つめている。
宗介と深い仲になった後も、学校ではいつも通りに宗介と接しているつもりだ。だが、妙に鋭いこの親友ならば、二人の関係の変化を察知しているかもしれない。蓮は蓮で、『すべて分かっているんですよ』という風情に見えなくもない。
なんとか話題をそらそうとするが、あいにくウィスパードの超常的な頭脳は、そういった方面にはまったく機能してくれなかった。言葉に詰まるかなめを余所に、話題を変えたのは恭子のほうだった。
「あれ、噂をすれば、相良君。どうしたの? 難しい顔して」
廊下の貼り紙を前に、宗介は腕を組んで向かい合っていた。
通常、ポーズとして貼ってあるだけで、掲示板を気に留める者などほとんどいない。それをまじまじと見つめているだけで、十分不自然な光景だった。
「心配しなくても、コッペパンならまだ売れ残ってたわよ?」
「うむ。食糧については問題ない。問題は、コレだ」
かなめと恭子がポスターを覗き込む。
何の変哲もないコピー用紙に、『陣代高校近辺にてチカン多発中! 女子生徒はできるだけ早めに下校すること』
という文字。
キャッチ・コピーのしたには、誰かが2、3分で適当に描いたと思われる、痴漢に追われている女子高生のイラストが添えられている。いかにも、言われたので形だけ作っておきました、という脱力系のポスターだ。
「あ、これ聞いたことあるよ。2組の子が変な人に後をつけられたって言ってた」
「確かにチカンが出るのは問題だと思うけど。それがどうかしたの?」
「犯人への対処はもちろん必要だが、今俺が問題にしているのは、このポスターについてだ。脅威に対しては、もっと危機感を煽る文句を使うべきだ。サイパン戦でアメリカ軍が日本軍に対して行ったビラ作戦では、空からビラを大量に撒くことで、戦域がすでに制圧されたことを効果的に――――」
すぱんっ!
半ば儀礼的に、かなめがハリセンで宗介をはたいた。
「そんなことしてたら、生徒会の予算がいくらあっても足りないわよ! あたしたちはもう生徒会を引退した身なんだから、何も言わず後輩に任せておいたらいいの! 退役軍人が現役兵に口出ししたら感じ悪いでしょ? それと同じ!」
「……やっぱり、カナちゃん相良君に似てきてるよ……」
言葉に詰まるかなめの隣で、宗介はなにやら神妙に頷いている。
「そうだな、確かに退役官が口を出すよりも、現役で戦場にいる人間に任せるべきだ」
「そ! それに、こういうのは春先になると年中行事のように湧いて出てくるもんなのよ。いちいち相手にしなくてもいいの」
鬱陶しそうに手をひらひらと振るかなめに、恭子が話を続ける。
「でも、今年のは結構怖いらしいよ。家に押し入ろうとしたとこともあるらしいし」
「そういえば、うちのお隣のお嬢さんが、下着を盗まれたと言っていましたわ。前後左右のお宅は被害にあっているのに、なぜか我が家だけは大丈夫なのですけれど……」
「そりゃ、お蓮さんの家に下着ドロに入れるくらい度胸があったら、チカンなんて姑息なことしてないでしょうよ……」
なめの言葉の意味が分かっていないのか、連はきょとんとしている。苦笑するかなめに、恭子がポスターを指差した。
「でもさ、これカナちゃんちの近くでも出たっていうよ。カナちゃん一人暮らしだし、ちょっと気をつけたほうがいいんじゃない?」
「んー、そうね。父さんのパンツでも干しておくかなぁ」
「なぜ、父親の下着を干す必要があるのだ? 防弾や防爆作用があるとは思えんが」
「相良君、チカンとか下着泥棒って、女の人が一人でいるときに襲ってくることが多いんだよ。男の人がいる家だって分かったら入って来づらいでしょ? カナちゃんの場合、一人暮らしだから、お父さんがいるって見せかけておいたほうが安全なの」
「なるほど。擬態というわけか」
「ま、お守りみたいなモンだけどね」
いい加減話題に飽きた面々が教室に向かう。席に着く直前で、かなめが思い出したように宗介に叫んだ。
「あ! ソースケ! 罠を仕掛けて逆にひっ捕らえてやろうとか考えちゃダメだからね! あんたのは、過剰防衛もいいとこなんだから!」
「も、問題ない」
頷きながら、宗介は頭に描いていたトラップ配置図を掻き消した。

「ソースケ、そろそろご飯できるけど、そっちはできた?」
「問題ない。君のノートのおかげで、任務はすこぶる順調だ。あと5分ほどで完遂できるだろう。感謝する」
「どういたしまして」
かなめに状況を報告した宗介は、ふたたび漢文の課題に没頭した。それを聞いて、かなめはカレー皿に手際よくご飯をよそいはじめる。
宿題をする彼と、ご飯を作る彼女。どこにでもある、平和な光景だ。
今の自分たちなら、十分どこにでもいる高校生カップルに見えるのではないか。銃だとか爆弾だとかアーム・スレイブだとかウィスパードだとか、そういうものとは無縁の世界にいる、普通の恋人同士。
自慢じゃないが、宗介も自分も見た目は悪くないほうだ。並んで歩いていたらきっと……
悦に入っていたかなめの顔を曇らせたのは、視界の端に入った黒い銃火器と通信機だった。
リビングの観葉植物の隣には、オートマグライフルが立てかけられ、オーディオスピーカーのとなりには、軍事用語がちりばめられたメーターやスイッチのついた通信機が積みあがっている。
「……はあ」
馬鹿げた妄想をストップさせる。変えようもない現実に、笑いすら漏れる。
「ま、しかたないわね」
そう、仕方ないのだ。結局、宗介は宗介、かなめはかなめ。だから一緒にいる。それだけのことだ。
いくら容姿に恵まれていようと、いくら頭脳が飛びぬけていようと、どんな過去とや重責を背負っていようと、関係ない。すべてを兼ね備えたあの銀髪の男に愛を囁かれても、彼への気持ちが揺るがなかったように。
「まーた、今度はなに持ち込んだんだか……」

一度セーフ・ハウスへ帰宅した宗介が、かなめのマンションに再び現れたとき抱えていた、大きな黒いバッグへ視線を移す。言葉とは裏腹に、宗介の荷物が家に増えていくのは悪い気がしなかった。
もしも危険なものだったら―――また、とっちめてやろう。

「……いま、何時?」
「2時34分だ」
「……明日、起きる時間は?」
「6時30分だ」
「差し引いて、睡眠時間は?」
「30分後に就寝するとして、3時間半ほどだな」
「あたしは、その30分も寝ていたいんだけど?」
「再検討を要請する」
「よっしゃ、じゃあ再審議。今日は平日、明日も学校、それに私は低血圧。ついでに学校は遅刻厳禁。よって、本日は現時刻をもって就寝。ついでに、平日は1日3回までという軍規を可決・施行する。はい、終わり。おやすみなさーい」
「ま、待て! 民主主義には対話が不可欠だ。話し合いの席に着け、千鳥! 規律には状況に応じて変更できる柔軟性を持たせるべきだと……」

哀れな民衆の声を無慈悲に無視した独裁者は、宗介の胸を枕にして、かわいい寝顔を見せていた。あどけない寝顔の下には、不似合いなほどの妖艶な肢体がつづいている。
秀でた額、ふっさりと長い睫毛、みずみずしいくちびる、か細い首、深い影を落とす鎖骨、つんと上を向いた豊かな胸、腹のくぼみ、細い腰、薄い陰毛、すらりと長い脚、ピンク色の小さな爪は、小指の爪さえ潰れていない。
傷もしみもない白い肌の滑らかさは、触るだけで傷つけてしまいそうなほどだ。軽く開いた赤いくちびるは、つい数十分前に自分のペニスをくわえ込んだとは思えないほど小さい。
同じものでできているはずなのに、どうしてこうも自分と違うのだろう?
それは、生物学的な違いだとか、個人差だとか、そういったものとはまた違う次元の問題という気がする。

『守りたい』

何の前触れもなく、唐突に強くそう思った。
無邪気で、無垢で、それでいて艶かしいかなめの姿は、宗介が思い描く未来だとか、幸せだとか、憧憬だとか、そういったうまく表現できないものの象徴だった。
穏やかな気持ちと時間が、ひどく心地よい。

がつんっ!

ひとときの幸せをかみ締めていた宗介の顎を、火の出るような衝撃が襲った。かろうじて舌は噛まなかったものの、それまでとの落差から一瞬何が起こったか理解できない。
涙目をこらえて状況を把握する。
どうやら、胸に乗せていたかなめが寝返りを打ち、頭と顎がぶつかったようだった。かなめにもそれなりにダメージがあったらしく、「んー」とくぐもった寝言を漏らしている。一気に夢から現実に引き戻された気分だ。
やれやれ、まったく彼女にはかなわない。彼女の隣にいると、勘は狂うし、クールでいられないし、情けなくて臆病な男だと思い知らされてしまう。
けれど、その場所を離れることはできなくて。
まったく、厄介な病気に罹ったものだ。なのにちっとも悪い気がしない。もっともっと溺れたくなる。重篤だ。
自分の中に、こんな感情があったなんて知らなかった。いやきっと、彼女に会うまではなかったのだろう。彼女に出会って、初めて生まれた感情なのだ。生まれたての感情を、はじめは理解できず扱いかねていた。まるで、サイズの合わない靴を履いているように。
『守りたい』と思うものは初めてではなかった。 仲間や土地を守りたいと思ったことは、いくらでもある。
だが、『世界のすべてを滅ぼしてでも守りたい』と思ったことは初めてだった。
それは、争いの犠牲という意味ではなくて――――もっと感情的で、ひどく独善的なエゴイズムだ。
何千人、何万人、何億人が死んでも、彼女さえいれば―――
ほら、クレイジーだ。
『ファッキン・シット・ラビング・ユー』
名残を惜しみながらベッドを後にし、リビングに向かう宗介の頭の中で、どこかの老人が笑っていた。

「な、なんとか間に合ったみたいね……!」
「そのようだな……」
宗介とかなめが息せき切って教室に駆け込んだそのとき、見計らったようなタイミングで予鈴のベルが響いた。
(だから早く寝ようって言ったのよ! 間に合ったからよかったようなものの、遅刻したら校内引き回しのうえ、獄門磔けにしてるところよ!? 朝ごはんは食べ損ねるし、洗濯はできなかったし……)
(問題ない。作戦は完遂した)
(は? 何の話?)
(いや、なんでもない)
視線と小声でかなめが宗介を糾弾していると、恭子が瞳をうるませながらかなめの手をとった。そこには、自愛と親愛と、どこか好奇心を漂わせた親友の姿があった。
「カナちゃん……! ようやく……!! そうだよね、カナちゃんも相良君も気持ちはひとつだったもんね。うんうん、応援してたわたしも嬉しいよ……!」
「キョーコ? ど、どうしたの?」
「いいのいいの。なにも言わないで。わたし、これからも応援してるからね……!」
「はぁ……?」
母親のような顔をしている恭子に、かなめが質問しようとしたそのとき、今度こそ始業のベルが鳴り響いた。

どうも、妙だ。
キョーコはやたら慈愛に満ちた目で見つめてくるし、ミズキは「はー、あんたらがやっとねえ」と呆れたように言うし、お連さんは「明日はお弁当にお赤飯をお持ちしますね」とか言ってるし、オノDは「こんなやつに先を越された」とか言って泣きじゃくるし、椿くんは放心状態で3階の窓から外に出ようとするし。おまけに、クラスのみんなからやたら視線を感じる。
「ねぇ キョーコ、何かあったの? 今日みんなおかしくない?」
「うむ、俺と千鳥を反政府主義のテロリストだとでもいたそうな目で見ているな。断言しておくが、俺も千鳥も共産主義者ではないぞ」
「おかしいのはお前らの関係だろーがッ! あの千鳥が……こんな物騒なミリタリーオタクに……俺でさえまだなのに……うわぁああっ!」
「まぁまぁ、オノD、落ち着いて……。どっちにしても、オノDはとっくにフラれてるんだからさ。そう落ち込むことないよ」
「慰めになってねーよ……」
「何があったかは知らんが、気を落とすな、小野寺」
「お前に慰められたくねーよ!」
「オノD、ソースケになんかされたの?」
「なんかされたのはお前だろーが、千鳥……」
「あたし?」
「そーだよッ! フラれたとはいえ、『恋人にしたくないアイドル』として俺の中でそれなりの地位を保っていた千鳥が相良なんかに……」
「なんかすごい失礼なこと言われてる気がするけど、ソースケがあたしにどーしたってのよ?」
小野寺の勢いにたじろぎながら、かなめが質問を繰り出す。
今日の宗介は、靴箱の爆破もしていないし、授業中にスタン・グレネードを炸裂させたりもしていない。かなめに、思い当たるふしはなかった。
「うるせー! 俺に言わせるなっ! 帰って自分んちのベランダでも見てみろッ!」
机につっぷして男泣きを始めた小野寺から、かなめが理由を聞きだせることはついになかった。

「まったく、なんだったのかしら、今日は? キョーコもミズキもお蓮さんも変だし、オノDは泣いたり怒ったりわけわかんないし」
「とりあえず、明日からはテロリストという嫌疑を晴らすべく、留意して行動する必要がありそうだな」
「だからそれはないって」
「なぜそう言い切れるのだ。不本意ながら、社会的不穏分子と認識すれば、民衆はあらゆる手段を使って社会の脅威たる俺たちを排除しにかかるだろう。そうなれば、もはや東京に俺たちの居場所はなくなる。家も名前も捨て、数年ほどは国外で暮らす必要がでてくるかもしれん。だが、安心しろ。君は俺が護る。まずはソマリアにでも行って、志願兵にでもなり、すぐに逃亡すれば、勝手に死亡確認書が発行され―――」
「……あんたの想像力って、なんでこうムダにブースターがついてるのかしらね……って、なによアレ!?」
脱力しながら宗介にツッコミを入れようとしたかなめは、マンション下から自分の部屋のバルコニーを指差して固まった。目を見開いて顔を真っ赤にするかなめとは裏腹に、宗介は満足顔だ。
「留守中、見事に防犯効果を果たしたようだ。喜ばしいことだ」
「なっなっ……あ、あんたの仕業!?」
「うむ。常盤の話を聞いて工夫した。安全かつ有効な防犯手段だ。恒常化させて問題あるまい」
ひとりごちる宗介は、どこか得意げだ。
彼の頭の中では、、自分の活躍と手柄を褒めちぎり、あまつさえ彼女特製の絶品カレー(パン付き)をご馳走してくれるかなめが微笑んでいる。
が、現実の彼女は微笑むどころか、阿修羅の如く憤怒の形相を隠そうともしなかった。
「なんッツてことするのよッツ!? これじゃ、
『んま~千鳥さんところのお嬢さん、まだ高校生なのに男を連れ込んで同棲するなんて、親御さんは知ってらっしゃるのかしら~!? こ~れだから若い娘の一人暮らしはねぇ~』
とか、ご近所のオバさまがたの好奇と噂の的よっ!!余裕で一ヶ月は、ご近所ワイドショーの主役を張れちゃうわっ!」
「事実に相違ないと思うが」
「やかましいっ!! そ、それでクラスのみんなが今日おかしかったってわけね……!? この近所には陣高生だって山ほどいるし……!」
「何を取り乱しているのかは分からんが、自宅の安全は守られた。安心しろ」
「安心できるか―――ッツ!! 明日からどんな顔して学校通えばいいのよ!? レナードんとこに浚われてた分を、なんとか頼み込んで補習で取り戻して、やっと無事に3年生になれたってのに……! アンタのせいで、残りの学校生活がメチャクチャよッ!」
フル・スイングでハリセンを振るうかなめの視線の先には、千鳥家のベランダで宗介の迷彩柄シャツ、カーキ色のミリタリーパンツ、そして下着や靴下一式が、夕暮れに染まって気持ちよさそうにたなびいている。のどかな光景に不似合いな怒号と打撃音も、いつしか夕空に吸い込まれていった。

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