6.成長する部屋【R-18】

抱いていたのは、見たことのない女だった。
歳は剣心と同じ頃だろうか。彼女も行為に馴れていないらしく、ぎこちなく肌を撫でる剣心へ、気恥ずかしそうに反応を返した。
彼女が、おずおずと剣心にくちびるを求める。そのたどたどしさは、剣心を驚くほど興奮させた。頭ごと彼女の頬を固定して、噛み付くようにくちびるを貪る。性急で乱暴な剣心に応えようと、彼女が首を振って肩を揺すった。彼女の艶やかな長髪を高く結い上げていたリボンがほどける。さらさらと白い肌に散った黒髪は、脳が痺れるほど官能的だった。
緊張で震えている彼女の乳房に手を伸ばす。しっとりとした絹のような肌ざわりと、やわらかく弾力性に富んだ温もりは、触れるだけで剣心の性器を硬く勃起させた。
剣心の手の中で、彼女の胸は自在に形を変えた。身体の赴くまま、片方の乳頭に吸い付きながら、もう片方の乳房を撫であげる。彼女の嬌声が心地よくて、応えるように身体じゅうの曲線を指でたどった。
しっとりと湿った彼女の淡い陰毛に、指をそっと差し入れる。膣はあたたかく潤んでいた。もの欲しそうな自分の性器に顔を赤らめながら、彼女はそっと剣心に足を開く。涙を浮かべて身悶えながら、彼女は剣心を受け入れる。剣心の性器を収めた彼女の膣内は、腰から下が蕩けそうなほどの快感を剣心にもたらした。
剣心が腰を突き入れるたび、彼女はしがみついて喘いだ。いまだかつて手にしたことのない、完璧な安心が、そこにはあった。
「剣心……」
それまで嬌声と誘い文句しか口にしかなった彼女が、はじめて剣心の名前を呼んだ。それと同時に、剣心は全身を震わせて限界まで高まっていた熱を、彼女の中に吐き出した。

激しい夢精で目が覚めた。
そんなことははじめてだったから。ねっとりと濡れた下着の気持ち悪さの理由が、剣心はしばらく理解できなかった。ここまで深く眠ったことも、腰がしびれるほどの激しい射精も、経験したことがなかった。
隣に眠る少女は、寝る前に読んでいた絵草子もそのままに、規則正しい寝息をたてていた。夜はまだ明けきっていない。
障子から青く漏れる光は、未明のそれだった。さすがにこの時間ともなれば、店の者も寝静まっているらしい。
聞こえるのは、さわさわとした外歩きの者の声だけだった。
寝床をそっと抜け出て、手洗い場へ向かう。こそ泥のような自分の動作で、ようやく剣心に情けない気持ちがこみ上げてきた。
誰にも気づかれなかったからよかったものの。これでは、桂がいった『すっきりして来い』という言葉そのままではないか。行き場のない悔しさと、小さな子どもの隣で射精したことへの罪悪感に襲われる。
けれど悲しいかな、確かに妙に気が晴れている。単純な自分の構造に、ほっとしてよいのか、落ち込んでよいのか分からない。
洗い物を済ませて戻ると、少女は同じ体勢で眠っていた。掛布団から零れ落ちた足に布団をかけなおすと、剣心は再び、するりと薫のとなりに寝転がった。
「薫」
眠る少女に、小さくつぶやく。深く眠っているのだろう。少女は身じろぎひとつしない。
ふっさりと長い睫毛も、赤く膨らんだくちびるも、みずみずしい肌も。すべては眠りについている。
美しい少女だと思う。容姿もそうだが、不思議と人目を引く華やかさがある。
不思議なことに、壮麗な禿装束を身につけていたときよりも、素っ気ない寝巻き姿のほうが彼女を美しく見せた。
おそらくは、それが彼女本来の姿だからだ。煌々しい衣装は、むしろ彼女自身の個性を殺すためにあるようにすら思える。真夏の炎天下に、蛍を解き放つようなものだ。
色街が美を売る場所だというのならば、本来の美しさを隠して、少女をどこにでもいるただの禿に成り下げるのは、いかにも損であるように思われた。預かりものだというのならば、それも分からなくはないけれど。
しんとした部屋の中で、少女の寝息だけが静かに繰り返される。久しぶりに深い眠りを得た者の呼吸音だ。馴れない場所で、彼女もまた浅い眠りしか持てなかったのかもしれない。
その眠りは、剣心の心を波立たせた。少女の眠りの静けさには、どこか不吉さが漂っている。その静けさは、死に似た永久運動を思わせた。
「薫」
名前を呼ぶ。今度は、起こそうとする者の声色で。
それでも起きない薫の肩を小さく揺さぶる。揺すった拍子にはだけた胸元の青白さが、奇妙な焦りを剣心に喚起した。
「ん……あれ……おにいちゃん……」
「かおる……」
「どしたの……?」
どうやら少女は寝起きが悪いらしく、目を薄く開けたり閉じたりしながら、剣心にたずねた。たずねられた剣心は答えに窮した。なぜそうまでして薫を起こしたのか、自分でも分からなかった。
「いや。その……うなされていたから」
言い訳の代わりに、剣心は小さな嘘をついた。その場限りの言い逃れのはずだったそれは、期せずして少女を驚かせたらしい。少女の目の色が変った。
「……わたし、なにか言った……?」
「え、いや……よくは……聞き取れなかったが……」
「……そう」
ふうっとため息をついて、少女はころりと剣心の膝に頭を乗せた。若干面食らったものの、剣心はそのままにさせておいた。
「ね、もうすこし寝てもいい? ……まだ、ねむい……」
「ああ。起こしてすまなかった」
剣心の言葉に安心したのか、腿に鼻をすりつけるようにして、薫はくるくると喉を鳴らした。まるで猫そのものだ、と剣心は思う。
「ねぇお兄ちゃん、ひとつ聞いていい?」
「どうした?」
「どうして何も履いてないの?」
「えっ!」
剣心の腿に頭を乗せたまま、薫が不思議そうに剣心の下腹部をまさぐった。予想もしなかった事態に、剣心は混乱する。『寝ている間に何もしていない』だの『やましいことはない』だの、ありきたりな言い訳が頭を駆け巡る。が、剣心の恐慌をよそに、結論を出したのは薫だった。
「なにかこぼしたの? 手ぬぐい、持ってこようか?」
「あ……そ、そう、ちょっと湯飲みを倒して……だ、大丈夫だ。もう、乾いた」
「そう、よかった」
にっこり笑うと、少女は再び目を閉じた。下腹部に温かくかかる息と、腿の上をもぞもぞと動く小さな指に、剣心は本能的な危機感を察知する。
「ねぇ」
目を閉じたまま、うとうとと薫が話しかけた。小さく動くくちびるが、なぜだか切なくなって。剣心は知らないうちにそのやわらかい黒髪を指で梳いていた。
「お兄ちゃんは……なんていうの……?」
眠りに落ちる寸前の少女の問いに、答える必要などなかったのかもしれない。けれどその時剣心は、自分の名を彼女に伝えたいと強く思った。
薫の中に自分の場所があれば大丈夫だ。
たとえそれが、ほんの小さな場所でも。
理屈は分からない。ただ、知る者などほとんどいない自分の手がかりを、薫にだけは知っていてほしかった。
「剣心。緋村剣心。それが今の、俺の名前だ」
「剣心」
「ああ。剣心だ」
「……ありがと。おやすみ……けんしん……」
今度こそ、薫は完全に目を閉じた。剣心の自制心が効を奏したのか、幸いなことに、少年の敏感な下半身が反応を示す前に、少女は規則正しい寝息を立てていた。
「……なにやってるんだ」
肩を落とした剣心もまた、布団にもぐりこんですぐに眠りに落ちた。森を進むきつねのように、深く、深く。

「どうやら、のんびりできたようだな」
昼過ぎに帰ってきた桂は、先に帰っていた剣心を見て満足そうに頷いた。視線だけを動かして黙礼した剣心に、桂は独り言のように言った。
「また会えるさ。幾松もあの娘を気に入ったようだったしな」
剣心は答えなかった。自分自身を把握できない。
薫にまた会いたいと強く願っていた。けれど同時に、こんな場所から早く立ち去ってほしいとも思う。極秘の存在であるべき自分が、なぜ彼女に名を告げたのかも分からない。なぜあのとき、あんなにも、薫に自分を知ってほしかったのか。薫の中に留まりたかったのか。
「また夜、声をかける。休んでおいてくれ」
剣心が浅く頷いたのを確認すると、桂は音もなく出て行った。
剣心の目は、壁の一点を見つめ続ける。そこに答えがあるはずもないのに。
夜だけが、ひたひたと確実に迫ってくる。

思った通りというべきか、その夜訪れた部屋には、やはり殺意のない死体が転がっていた。何度となく見てはいるが、その度に肝が冷える光景だ。
ただ命を断っただけの部屋。そこには殺人現場特有の陰惨な空気はない。単にぱしゃんと生命が中断されただけの、一種の自然ささえ漂っていた。
整然と見える血の海。言い様のない恐怖。厳しい顔で、更なる探索の必要があると言う桂に、剣心は同意した。
次の日も、またその次の日も。桂と剣心は物言わぬ客に出合い続けた。手がかりのないまま幾日かが経ち、日が経つにつれて、信条派閥を問わずに疑念と不安が広がっていった。ある者は物の怪の仕業だといい、ある者は怨霊のなせる業だと囁いた。人が死にすぎる都に、阿修羅や夜叉が罰を下しているのだ、と神仏に手を合わせる者さえいた。
死体の転がる部屋を十ばかり見た後で。いつかと同じように幾松を待つ部屋で、桂は剣心に重苦しく口を開いた。
「緋村、気づいているか?」
「ええ。ここ数日見た部屋には、感情があります。やはり、複数人の犯行なのかもしれませんね」
「いや。おそらくは一人だ」
桂の意外な言葉に、剣心は思わず顔を上げた。合点しかねている剣心に、桂は静かに言った。
「俺は確信したよ。あれは、阿修羅や夜叉、ましてや物の怪の仕業ではない」
「では、誰の仕業だと?」
「あるいは、女の仕業かもしれん」
「女……ですか?」
突拍子もない桂の発言に、剣心は疑わしさを隠そうともしなかった。かといって、桂はこんな場で冗談を言うような人間ではない。彼の真意を、剣心はただ待った。
「時おり、幾松が言うんだ。『桂はんを殺すような輩が居たら、うちが刺し違えてでも殺しに行く』と。あの部屋からは、それと同じ種類の気概が感じられるよ。……勘に過ぎないが」
桂の勘が恐ろしく鋭いことを、剣心は知っていた。だがそれを差し引いたとしても、それは突飛な意見だった。
「そうだとしても、一体誰が、何に対して?」
「さあ、それは分からん。考えてみる必要はあるだろうが……」
再び沈黙が部屋を支配する。
静寂の中で、剣心は桂の言葉を反芻した。そして、反芻すればするほど、彼の意見に自分が賛同していくことに気づいた。
剣心がただ一人知る女もまた、激情に任せて遠路はるばる男を殺しに来た。彼女のそれは、叶いはしなかったけれど。
ふいに、もう幾日も鯉口を切っていないことに気づいた。巴と暮らしていた頃、そうだったように。

「お役目は、終わったん?」
刀箪笥を閉じようとしていた薫に、幾松が声をかけた。重そうに引き出しを閉じる薫の背に、酔いの回った女郎が意地悪く声を投げた。
「せや、あーっという間に終わるもんなぁ。おひぃさんの仕事は。お客はんから刀を預かってしまうだけ。あとはちょーっと使いっ走りさえすれば、それでええんやもんねぇ」
薫は振り返らなかった。女郎の嫌味を聞き流して、幾松が続ける。
「あんな、悪いんやけど。この間行ってもらったお店、あるやろ。ちょっとおつかいしてきてくれへん?」
「この間の……?」
「んもう、素ボケかいな。あんたもお客はん、とったやろ」
「お客……?」
「ほら、赤い髪の……」
「あ……はい。行ってきます」
どこに間者が潜んでいるか分からないこの場所で、幾松は桂の名を出すような危険は冒さない。ようやく場所を合点した薫の背中を、『大丈夫かいな』と幾松は苦笑して見送った。
大人のように聡いところがあるかと思えば、妙にぼうっとしている。たしかに、変わった娘かもしれない。

運命は既に 走り始めている
もう決して 止まらない
死さえも  止めることはできない
いつかどこかに辿り着く その時まで
走り続けるしか 道はない

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