5.stay gold

(割りに合わないったらない―――)

ずぶ濡れの頭を掻き回すタオルに隠れて、シンは気づかれないように舌打ちした。望みどおり主賓を連れてきたのだから、本来ならば賞賛されてしかるべき立場だというのに。
いまだにぶちぶちと小言を言い連ねるキラと、物言いたげな視線で無言の圧力をかけるアスランに挟まれて、シンは居心地の悪さに辟易していた。唯一シンの弁護者になりうるカガリは、今頃あたたかいシャワーで潮水を洗い流している最中だろう。
それに引き換え自分の状況はどうだ。まったく、割りに合わないったらない。

「か、カガリ!! どうしたのその格好!?」
(俺も同じ状況なんですけどね)
こっそり毒づくシンをまったく意に介さない様子で、キラがカガリに駆け寄る。
姉弟だと聞いてはいるものの、シンはどうもこの二人に『姉弟』という言葉を使うのに抵抗がある。成長してからお互いの存在を知ったという姉と弟は、時折驚くほど似ているものの、やはり姉弟という言葉では括りきれない気がする。シンとマユとの関係に比べれば、それはあまりにも近し過ぎた。
「ちょっとそこでひと泳ぎしてさ」
「ひと泳ぎって!! いま何時だと思ってるの!? 服着たまま泳いで溺れでもしたらどうするのさ!?」
へへっと頭を掻くカガリに小言を言いながらも、キラは早々にカガリをバスルームに押し込もうとする。
「シン、お前先に入っていいぞ」
「お、俺は大丈夫だって! さっさと温まってこいよ!」
けろりと言い放つカガリに、何を言うんだとばかりにシンは噛み付く。
そこで初めてシンの存在に気を留めたキラが、にっこりと微笑んだ。
「シンは大丈夫だよね? コーディネイターだもんね? これくらいじゃ風邪ひかないよね?」
三連続の疑問系がシンに圧しかかる。
「そうか? じゃあ、お先に……」

脱衣所の扉を閉める前、カガリが振り向きさえしなければ、たぶんもっと平穏に待っていられたはずなんだ。
まったくなんだってアンタはいつも余計なことを―――。

「シン、今日はありがとうな。シンがいてくれて、本当によかった」

「……で、どういうこと? シン?」
姉をバスルームに押し込み、くるりと振り向いた弟は打っって変わって鬼の形相だ。
「説明してもらおうか」
それまで黙っていたアスランも、寄りかかっていた壁からゆらりと歩を進める。
「……は……?」
何が起こっているか理解できないでいるシンの脇を、二人ががっちりと固める。幼年時代からの親友だけあって、タイミングはぴったりだ。
「護衛の君がついていながら、どうしてカガリがあんな濡れねずみになってるのさ?」
『護衛の』の部分をいやに強調してキラが詰め寄る。
「何をどうしたら、カガリがあんな格好になるんだ?」
こっちはこっちで、原因よりも彼女の姿が気に入らないらしかった。ずぶ濡れだったカガリは、明るいところで見ると体のラインがくっきりと浮かび上がり、下着まで透けて見えていたのだから。
般若面のキラも恐ろしいが、さっきから一言も漏らさず怒りを蓄積し続けていたアスランのほうが、数倍たちが悪そうだ。
前門の虎、後門の狼。
いつもならこんな状況を諌めてくれるラクスも、シンとカガリの夜食を準備しに台所へこもったままだ。
(もうどうにでもなれ――――)
心のなかで十字を切る。

「カガリが突然海に飛び込んだんだよ! 俺は助けようとしただけだ!」
無実を証明するため、蹴散らすように怒鳴る。
だがキラとアスランの反応は、もちろんシンが期待したものではなかった。
「海に飛び込んだだって!? カガリに何があったの!?」
「お前がついていながら、カガリがそこまで追い詰められるとはどういうことだ、シン!!」
間髪いれず、ありがたくもない二重音声が響く。
うんざりしたシンが黙っているのをいいことに、二人はどんどんヒート・アップしていく。頭上を過ぎ行く雑言のなかで、シンの耳に唯一残っていたのは、アスランの言葉だった。
(どうして追い詰められているかだって!?
それが分からないほどバカなのかよ!? アンタは!!)
なお飽きもせず小言を言い続ける二人に、とうとうシンの我慢は臨界点を突破した。
「『そこまで追い詰められる』って、アンタが言うなよ!!
事情なんて知らない! けど、アンタは何にも分かっちゃいない!!」
感情に任せて、アスランに怒りを投げつける。さらに続けようと息を吸い込むと同時に、見計らったようなタイミングでバスルームが開いた。
「やめろ、シン!」
着替え途中にたまらず飛び出したらしく、カガリの髪はシャワーを浴びたそのままだった。水をふくんだ金髪からは、ひっきりなしに水滴が落ちている。
ラクスから借りた白いワンピースが、ぽつぽつと水玉に染まっていく。
「もうっ! なんて格好だよ、カガリ!」
キラはタオルを引っつかむと、カガリの髪を乾かし始めた。
『兄としては心配だ』
『こんなに濡れてちゃ、さっきと変わらない』
『だいたい若い娘がこんな時間に男と出歩いて』
小言を言いながらのせいか、心なしか手つきは乱暴だ。
「痛い! 痛いってキラ! 自分で拭ける!」
言葉はきついが、いつの間にかカガリとキラは笑いあっていた。ふと、じゃれあう双子に放っておかれていたアスランに、タオルに包まれたカガリの頭が向けられる。
「久しぶりだな、アスラン。元気だったか?」

稲妻のように激しい幸せに、アスランは襲われた。出会った頃そのままの、無防備な笑顔。人を巻き込んでしまうような、力強い光。
再び自分に向けられるとは思ってもみなかった。
望むことすら、贅沢だと思っていた。
「ああ……。カガリは相変わらず元気そうだな」
眩暈がするほどの幸せに溺れて、アスランはうまく笑顔を返せたか分からなかった。心とは対照的に、ひどくぎこちなく笑っていたはずだ。
幸せすぎて、その時は気づかなかった。共にすごした2年間の間、目に見えて減っていたカガリのその笑顔が、どうして今ここにあるのかを。

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