鉄壁のブラザー・シップ(1)


SRT、研究部員たち、アーム・スレイブ整備員をはじめとする、その『実験』の関係者たちは、ずらりと並んだモニタを見上げていた。
モニタにはそれぞれ、被験体となっているアーム・スレイブと格納ドッグの様子、刻々と変わる無数の波形やグラフ、そしてコクピット内でコントロール・スティックを握っている少女の様子が映し出されている。

「次、UH-60 ブラックホーク。テスト開始」
『センターに入れて……撃つ!!』
「クリーン・ヒット。105mm榴弾砲掃射」
『こんのっ……! こっちこないでよっ!』
「斥力障壁の展開を確認。砲弾ミスアタック」
『センターにきたら……うおりゃぁああっ!!』
「UH-60 ブラックホーク被弾。推進力低下。墜落不可避」
『うっし! 全弾命中!』
「……あの、カナメさん。ヴァーチャル・ミッション・シミュレーターは真面目な実験設備であって、ゲームセンターでは……」

かなめがガッツポーズを決めているテストモニターをにらみながら、テッサが力なくつっこみをいれた。その隣でマオとクルツが神妙に顔を見合わせる。
「いやーほんと、女子高生にしておくの惜しいわ、カナメは。集中力がちがうっつーか、センスがいいっつーか」
「ソースケ、ミスリルで本格的な訓練積む気ないか、ダメモトでカナメを口説いてみてくんない?」
「断る。千鳥を戦場へ送るなど、話の外だ」
「た、タダのじょーだんじゃない、じょーだん! お姉さん、ジョークの通じないセイショーネンは好きじゃないぞ!」
殺気を迸らせた宗介に、マオは思わず冷や汗をかいた。のんきなSRTの面々の後ろで、技術担当官たちが黙々と採取したデータを解析していく。
「交感神経トレーサーは、かなり正確に反応を捉えていますね」
「ええ。ですが、あまり値を上げすぎると、また搭乗者が限定されてしまいます」
「このレベルでのラムダ・ドライバ起動率はほぼ100パーセントです。彼女が特殊だという事情を差し引いても、もう少し下げて大丈夫でしょう」
「ですね。汎用性を持たせるには、値をもう少し一般化して―――」
「ハイハイ、議論は後にしましょう。実験は終わったのだし、カナメに早くあがってもらわないと。サガラ軍曹が怖~い顔して睨んでるもの」
レミング中尉がパンパン、と軽く手を打って議論を終了させる。くすくす笑いながら、宗介のほうにウインクすることも忘れなかった。
「交感マニピュレーター、断線確認」
「擬似神経接続、解除信号を受信。被験搭乗者、心拍数、脳波形ともに異常ありません」
「了解。カナメさん、お疲れ様です。あがってください」
『りょーかい。おつかれー』

やれやれ、と頭をふりながら、かなめは狭苦しいコクピットの中のボタンを押し込む。プシュッという空気音とともに、ハッチが開く。
『あちー』とオヤジくさく舌を出すかなめの姿が現れると、宗介は心から安堵した。左手でフェイス・タオルを引っつかむと、右手一本でするするとコクピットまで登っていく。マイナーチェンジがなされているとはいえ、ベースは勝手知ったるM9だ。どこへどう手足をかけたらコクピットまでたどり着けるかは、体が覚えている。
「無事か、千鳥」
「ソースケ。平気だってば、本当に戦ってるわけじゃないんだから。ゲーセンみたいなもんよ」
「だが……」
『軍曹殿の言うとおりです。ミズ・チドリ』
言葉尻を、隣のアーム・スレイブに遮られる。かなめが乗っていたアーム・スレイブといくつものケーブルで結ばれた宗介の愛機が、無機質かつきっぱりと二人の会話に割り込んできた。
『許容範囲内とはいえ、昨日の実験時より心拍数、脳波ともに乱れがみられます。身体に負担を強いる実験がよい結果を生むとは思えません』
アルの言葉に、宗介が分かりづらいながらも顔色を変えた。
「アルの言う通りだ、千鳥。実験を早急に進める必要はない。だいたい、こんな厄介な機体を増産する必要性はそもそも……」
『「厄介な機体」とは私のことを指しているのでしょうか? 軍曹殿』
「よく分かっているじゃないか。さすが、勝手に千鳥の体をモニタリングしただけのことはあるな」
『否定です。私はミズ・チドリの健康を気遣いつつ、効率的に実験を進ませる意味から……』
「あーもう! 毎回毎回うるさいっつーの!」
二人のやりとりを黙って聞いていたかなめが、どこからともなくハリセンを取り出そうとすると、一人と一機はまったく同じタイミングでびくっと肩をすくめた。
「アル、心配してくれてありがと。大丈夫よ、ちょっと頭がくらくらしたくらいだから。それに、早いとこ、このコに両手を着けて、外に出してあげないとね」
ぽんぽん、とかなめはハッチを撫でる。その言葉通り、かなめが搭乗していた機体には、まだ両腕がついていなかった。むき出しのジョイントからは接合ユニットやインジケータがむき出しだ。そして足元には、パーツ分けされて最終調整を待っている両腕が転がっていた。
頭・胴体・足、その他もろもろの部分からは、無数のパイプやケーブルが延びている。そのうちの数本が、隣で待機しているレーバテイン――アル――に接続されていた。
「アル、腕なんだけど、昨日の夜作った最終案で大方いけそうだと思うの。後で見ておいてくれる?」
『了解。一昨昨日に見たもので決定案かと思っていましたが、また改良なさったのですね』
「だってさ、アルとあたしの分身みたいなもんだし。このコは。活躍してもらいたいじゃない?」
『肯定です。正直、この短時間でここまで完成度の高い機体が出来上がるとは思いませんでした』
「アルのおかげよ。1から10までASの構造を知ってて、一人で機体を組み立てられちゃう技術者なんて、ほかにいないもん。じゃなきゃ、さすがにあたしだってこんなモノ作れなかったわよ」
『光栄です。ミズ・チドリ。完成が楽しみです』
かなめとアルの話に完全に置いてけぼりにされて、宗介は仏頂面を隠しもしなかった。
「千鳥、その……大佐殿や中尉殿がお待ちなのではないか?」
「ん、そうね。じゃアル、また後で」
『はい、技術室のモニタでお先にお待ちしています』
(そうだった。コイツもテクニカル・ブリーフィングに参加するのか)
心の中で宗介が舌を打つ。とはいえ、とりあえずは物理的にかなめとアルを引き離したわけだ。

格納庫から技術作戦室へ向かいながら、かなめはしきりに手足をストレッチしていた。
「うー、暑! アンタらよくこんなモン着てドンパチやってるわよね」
パイロットスーツの上半身を脱いだ状態のかなめは、タンクトップを摘まみ上げて、ばたばたと風を送り込んだ。見えそうで見えない下着と肌の境界線に、宗介は一瞬どきりとする。が、根が真面目な宗介は、すぐに勤務中モードへと戻った。
「もともと操縦服は操作の衝撃からパイロットを守るためのものだからな。千鳥、シミュレーションとはいえ衝撃は伝わるはずだ。暑いのは分かるが、次からはきちんと上半身のプロテクターも身につけろ。危険だ」
「はーい。すぺしゃりすとのぐんそーどのー。しっかし、ASのコクピットってなんであんなに狭いのかしらねー。せめて手足が伸ばせる大きさに改造しようかしら」
「それは危険だ。機体をいたずらに巨大化させては、被弾率が上がる」
「アンタって本当冗談が通じないわよね」
ジト目になりながら、かなめは技術作戦室のインターホンを押した。
「カナメ、おつかれー」
「お疲れ様です、カナメさん」
テッサ、マデューカス率いる戦艦クルー、ノーラ、ヴィランをはじめとした研究クルー、ブルーザーことエドワード・サックスを筆頭にした整備クルー、マオ、クルツ、クルーゾーのSRTメンバー、ミスリルに居残ったレモン、それにモニタに映し出されたアルが一斉にかなめに声をかける。
「ではさっそくですが、ミーティングを始めます。先ほどの実験結果から、神経系統のフィードバック値をあと0.3ほど低く設定しても、安定してラムダ・ドライバを起動できるだろうと推測されました。ここから、油圧系数と反応系統への伝達率を割り出したところ……」
ミーティングの冒頭は、決まって高度に専門的な会話になる。神妙に頷いてはいるものの、宗介には内容の1割も理解できない。が、工学的な理解が自分に求められていないことは分かりきっていたから、別段気にも留めなかった。分からない単語が頭上を飛び交っていくのを右から左へと聞き流していたが、自分の名前が出たことで、ふたたび耳を傾けた。
『反対です。パイロットの身体に負担がかかるほどの反応値には賛成しかねます』
「アル、パイロットを守ろうって根性は見上げたモンだがな。実際投入されるときゃあ、ドンパチやってるド真ん中だ。ケガすんのはしょうがねえよ。鈍感になりすぎちまったら、痛ぇもんも痛くなくなっちまう。そっちのほうが危ねぇだろ」
『ですが……』
「あのね、アル。サガラ軍曹とアルのほうが、よっぽど遊びのないコンディションで駆動させてるのよ?」
「その通り。だからこそ、ラムダ・ドライバを自由に起動できます。ですが裏を返せば、サガラ軍曹が乗っていないレーバテインは、ただのM9後継機です。ワンマシン・ワンマンなんて贅沢品では、実戦で役に立ちません」
「そうだ。パイロットが誰であろうと起動する―――言い方は悪いが『パイロットの代わりがきく』ラムダ・ドライバとコア・ユニットが完成されて、はじめて量産・配備が可能になる」
マデューカスが、イギリス人らしい合理的でドライな意見を言った。
『それは理解しています』
「安心して、アル。なにもカナメを戦場へ出そうってわけじゃないんだから。カナメからは、あくまでオムニ・スフィアへのアクセスルートをサンプリングしているだけよ」
「そうそう。それに基礎人格になるOSとAI自体は、アル、あなたの思考回路をベースにしているのよ。いってみれば、兄弟ができるようなものじゃない。アルだって、早く会いたいでしょ?」
なだめるように言うヴィランとノーラに、今度は宗介が口を挟んだ。
「自分も解せません。なぜ、被験搭乗者が千鳥ではなくてはならないのですか? 戦闘時のデータが必要ならば、クルーゾー大尉をはじめ、戦場のスペシャリストのほうが適任のはずです。実弾ではないとはいえ、模擬戦でのテストもあるのでしょう?」
「ソースケ、しょーがないじゃない。オムニ・スフィアに自由にアクセスできるなんて芸当、ウィスパードじゃないとできないんだから。いくらあたしやベンのほうが経験豊富っていったって、こればっかりはどうにもならないのよ」
「そうです。サガラ軍曹専用にカスタマイズされたレーバテインでさえ、ラムダ・ドライバを起動できるのは戦闘時の数瞬のみ。普通の人間がオムニ・スフィアへアクセスして干渉反応を引き出すのは、そのくらいの回数が上限です。ですが、私たちウィスパードは違います。自分の意思で自由にオムニ・スフィアにアクセスして、ラムダ・ドライバを長時間に渡って発動することができるんです」
「そういうこと。カナメ以外にもウィスパードはいるけど、テッサはどう考えても戦闘向きじゃないし、ミラはシベリアでの後遺症から回復しきってないし。カナメしかいないのよ、ソースケ」
「しかし、コダールでは……」
「ありゃ、パイロットをヤク漬けにしてムリヤリ稼動させてんだろ? ンなもんあぶなっかしくて乗れねえよ」
入れ代わり立ち代わり諭されて、宗介は押し黙るほかなかった。宗介の沈黙を了解と受け取り、議題はさらに次のものへと移り変わっていく。への字口をさらに深くする宗介の右手に、ふと柔らかい感触が伝わった。
『大丈夫だから、あたしのことは心配しないで』
机の下で、かなめが小さく宗介の指を握る。目で訴えられると、宗介は不承々々うなづいた。
「あの……。ところどころデータがブラック・アウトしている部分があるように見えるんだけど……。これは計測不能ってことですか?」
「そうなのよ、ミラ。時々なんだけど、原因不明のジャミングがかかってしまうの。やっぱり、未知の技術だから」
「そりゃ、カナメの映像やフィジカル・モニタがたまに乱れてた、アレか?」
「それだったのか!!あとちょっとでカナメのブラチラが拝めるってところで……いや! 冗談だって、ソースケ!かる~いジャーマンジョーク! な!?」
 グロッグ19を突き付けられたクルツが、必死に宗介へ弁明する。隣にいるかなめは、もはやつっこむ気にも怒る気にもなれなかった。
「おっかしいなぁ。コクピットからのプロトコルには問題なかったと思うんだけど」
「こちらも手探りの部分が大きいから。すべてを計測できるとは思ってませんよ。追々解決していきましょう」
ヴィランが難しい顔をしているかなめに言った。それを見てテッサは頃合と思い、解散を告げる。
「では、本日はこれまで。整備班は、本日決定した腕部ユニットを実験機へ接続してください。そのほかのみなさんは、明日の実機テストへ向けて、各自で懸案事項の解析をすすめて下さい」
ぞろぞろとミーティングルームからスタッフの面々が出ていく中、ウィスパードの三人、クルーゾー、マオとクルツ、レモン、それに宗介が居残った。
「受信エラー……でしょうか?」
「単純にケーブルが弛んでるだけってことは?」
「でもさ、他の通信はうまくいってるわけでしょ? この時間に格納庫でノイズが発生するような作業、してたっけ?」
「アル、ダーナ、何か分かる?」
『ネガティブ。皆目検討もつきません』
『現在データ集積中です、マム』
ふうっとテッサがため息をつく。レモンが励ますように話題をそらした。
「いいじゃないか。もう8割方は完成してるんだしさ。たった2ヶ月でここまで開発がすすむなんて、すごい成果だ」
「実機テストは明日と聞きましたが、大佐」
「ええ、あとは微調整してコンパイルするだけです。実機テストがすめば、他の搭乗者でのテストが可能になるでしょう。そこからまた調整を繰り返さないといけませんけど……。その時は3人にも協力していただきますので、お願いしますね」
「了解です」
「オッケー」
「うーッス」
底はかとなくだらけた空気の中、各自なんとなく雑談に興じる。引き続きでこ難しい話をする者もいれば、朝食メニューに納豆を加えるべきだ、と声高に主張する者もいる。混ざって笑っているかなめに、宗介が話し掛けた。
「千鳥、空腹なのではないか?」
「へ? 別にそんなことないけど……」
「そうか。では、喉は渇いていないか?」
「ソースケ、もうお腹すいたの? まだお昼から2時間くらいしか経ってないわよ?」
「いや……特に空腹と言うわけでは……」
あらぬ方向を見て歯切れの悪い言葉を並べる宗介を、かなめは訝しんだ。
「バカだな、カナメ。ソースケなりにカナメを連れ出す口実を考えたんだろ。素で返しちゃダメだって」
「ごっめぇ~ん、ソースケ! お邪魔虫は退散するわ。さ、みんな、馬に蹴られたくなければ散った散った」
「なぜ馬なんだ?」
「ジャポンの慣用句だよ、ムッシュ・クルーゾー」
否定も肯定もしない宗介と真っ赤になったかなめを冷やかしながら、メンバーが出口へ向かう。そんな一同の足を止めたのは、モニタからの無機質な声だった。
『ミズ・チドリ。先ほどのテストの件で、私もご相談したいことがあります。よろしければ、格納庫へいらしていただけませんか?』
「いいけど、今ここでじゃだめなの、アル? さっきのミーティング中に出せばよかったのに」
『たったいま演算が終了したのです。私からミーティングルームへのデータ送信には、かなりの時間がかかることが予想されます。となればすなわち、削除にも時間が必要となるでしょう。明日の実記テストまで、あと23時間20分24秒しか時間がありません。効率を考えると、直接実データを見ていただくのが最善かと』
「……アンタ、飼い主に似て理屈くさいわね。オーケー、着替えたらすぐ行くから、ちょっと待ってて」
モニタに話しかけながら、かなめが小走りで廊下へ出る。つづいて、宗介がそれを追った。二人の姿が消えると、残された一同は、誰からともなく顔を見合わせた。
「……妙に説明的だったわね、アル」
「サガラさん、さりげなくついていきましたね」
「犬は飼い主に似るというけれど」
「たしかに、あそこまでソックリなAIが載ってたら、ソースケ以外は乗れないわな」
「ああ。後継機の開発は急務だな」
「……何だかまた、頭の痛い問題が増えそうな気がします」
開発責任者のテッサをなぐさめながら一同が出ていくと、今度こそミーティングルームは無人になった

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