『こっちはオーケーよ! テッサ、ミラ、そっちは?』
コクピットでキーボードを叩くかなめの姿がモニタに映る。親指をぐっと突き出して、研究室へと合図を送っている。
離れた席でやはりキーボードに向かっているミラが、テッサにウインクしてみせる。こちらも準備がととのったようだった。
「実験機体状態良好。件のデータ・ロス問題は未解決ですが、支障が出るレベルではありません。アル、ダーナ、そちらは?」
「問題ありません、大佐殿」
「アイ、マム。問題は見当たりません」
「了解。では、これより次世代汎用ラムダ・ドライバ搭載型アーム・スレイブの連結起動実験を開始します。現時点をもって、実験体1号機の凍結解除を許可。全神経トレース回路、パラジウムリアクターに通電を開始してください」
「了解。主電源、神経系統および反応系統へ接続完了。トルクコンバータ、ポンプインペラ、タービンランナ、ステータ作動開始。進相コンデンサ正常始動。電荷すべて正常」
「チェックリスト00~1530までコンタクト値、異状なし」
「生体素子、シナプス形成を開始。軸索誘導、シナプス形成、神経回路形成、確認。神経伝達素子アルファ放出。受容体へ結合、すべて成功。シナプス間隔許容範囲内」
「チェックリスト1531~3600までクリア。中枢神経素子に異常なし。電子大脳皮質形成。ボーダクリア」
「リスト7600まで再計算異状なし。反応回路、交感神経トレーサー稼動。コンタクト異状なし。波形安定」
「全回線に正常通電を確認。感応信号1番から182番まで受信、オールグリーン」
「了解。……いきますよ、カナメさん! サブジェクト・ワン、リフト・オフ!!」
『了解! 千鳥かなめ、行きます!』
コクピットの計器類が、計算通りに点灯していく。ぐらぐらだったコントロール・スティックに抵抗が生まれる。身体への負担は感じない。9メートルの巨体が、指先一本まで自由に動く。かなめは確信を持って第一歩を踏み出した。
「おおー! すげぇ! 本当に動いた!」
「バカ、当たり前でしょ! そのために何回も実験したんでしょうが」
「うむ。やはり、動きの細やかさと滑らかさがM9とは段違いだな。これが量産されるとなれば……」
『お見事です。ミズ・チドリ』
『あっはっは! 大成功~!』
モニタの中のASが、しなやかな動きでピースサインを作った。
「では、続いて模擬戦モード展開。カナメさん、もちろん実弾ではありませんが、それなりの威力はあります。気を抜かないで下さいね」
『オーケー。……うーん……こんな感じでどう?』
「斥力障壁の展開を確認」
「了解。『妖精の目』での確認映像をメインモニタに」
映し出された映像に、関係者一同が瞠目した。機体すべてをカバーするには有り余るほどの広範囲で、障壁が展開されている。
「予想以上だわ」
「これも、あのお嬢ちゃんの……ウィスパードの力ってやつか?」
参加者が口々に感想を述べるなか、テッサは冷静に命令した。
「『ボクサー2』76㎜散弾砲、ファイア!」
ふたたび、一同の目がモニタに釘付けになる。
ボクサー2といえば、対AS用の常用兵器だ。とりたてて珍しい武器でもないが、何せ、今乗っている人物は実戦経験なんてまるでない女子高生―――いささか特殊な事情を抱えているにしても―――なのだ。祈るような気持ちで、皆モニタを見つめる。
『こっちに……くるなぁああああっ!!』
モニタの向こうで、かなめが叫ぶ。放たれた砲弾は、ASに届くことなく四散した。
「すごいわ……!」
「現代戦が変わるかも知れないわね……」
ヴィランとノーラが静かに興奮する。
「つづいて、165㎜多目的破砕砲榴弾砲、ファイア!」
轟音を立てて、巨大な砲弾がASへ向かって行く。
使い方次第では、ベヘモスをも一撃で撃破できる火力を誇る破砕砲だ。
その威力を真近で目にしているクルツが、さすがに顔色を変えた。
「お、おい大丈夫なのか!?さすがにちょっとヤバいんじゃ……」
「障壁の強度を計算すれば、十分防御可能なはずです……!」
テッサがモニタを凝視しながら答える。
『こんっ……なくそぉっ!!』
実験機が、振り払うように右腕を振り回した。
ラムダ・ドライバの力を相乗したその力が、巨大な斥力を生む。薙ぎ払うような大風が巻き起こる。成人の身長ほどもある巨大な弾体は、こともなげに推進方向を変え、爆発した。
「振り払った!?」
「あり得ん……」
もはや、マシンというよりは暴れる巨人、といったほうが正しかった。それほどその動きは滑らかで、人間的に過ぎた。
「次弾、ハープーン A/R/UGM-84A、装填!」
空対艦ミサイルの射出命令が下る。
鉄の巨人の驚くべき奮戦ぶりに、一同はもはや固唾をのんで見守るのみだった。半ば呆然とした空気の中、宗介の姿が見えないことに気づいたのはマオだった。
「……あれ? ソースケは? 一番騒ぎそうなヤツの姿が見当たらないけど」
「あまりの衝撃で、ぶっ倒れてんじゃねーの?」
見回せど、宗介の姿は影も形もなかった。
『トイレだろ』とクルツが軽く結論付けようとしたとき、ミラが困惑したように言った。
「あの……『妖精の目』にもう一機、機影が……。かなり強力なラムダ・ドライバの発動が確認されてるんですけど……」
言葉通り、ミラの見つめるグラフモニタには、かなめを中心に描かれる円のほかに、もうひとつ近づきつつある円が映し出されていた。
描かれた弧がどんどん拡大していく。やがて2つの小さな円は溶け合い、ひとつの大きな円へと姿を変えた。
そのとたん、障壁は肉眼で視認できるほど強力なものへと変貌を遂げた。
「ラムダ・ドライバを発動する機体といったら……」
『あれ? ソースケ。なんでここにいるの?』
猛然と向かってくるレーバテインに、かなめがトボけた声をかける。
「サガラ軍曹! 実験中、演習場には立入禁止と伝えてあったはずです! 即刻退去してください!」
『拒否します。自分は、ボクサーの使用のみと聞きました。これでは話が違う! これは、明らかに実験の域を超えています!』
この声色を、テッサは何度か聞いたことがある。香港の一件のあとの軍法会議、ヤムスク11中枢でかなめに駆け寄っていった時……。
そう、宗介が『誰の意見も聞き入れない』ときは、決まってこんな声色だった。
「言っても聞きそうにないですね……。アル! レーバテインの動力を、強制システム・ダウンなさい」
『拒否します。私も軍曹殿と同意見です』
「は……?」
『ほう。珍しく気が合うな、アル』
『肯定です』
「めっ……命令違反です! 即刻戻りなさい!」
奇妙な連帯感を見せる一人と一機に、テッサが必死に停止を呼びかける。
「あー……そういや、ソースケには『ボクサーしか使わないから安心なさいな☆』って言っておいたっけ……」
「マオ中尉、君の仕業か」
「ち、中佐……っ! いやあの、そうでもしないと、ソースケが実験を承諾しないかなーなんて思いまして……あはは……」
マデューカスの追求に冷や汗を流すマオの横で、ノーラが楽しそうに言った。
「あらでも、これはこれで面白いデータが採れそうよ?」
『妖精の目』のモニタを指し示す。
「これだけ強力なラムダ・ドライバの発動磁場は見たことがないわ。パイロットとAIのシンクロ率もトレーサーの速度も、驚異的な数字。実に興味深いわね」
ノーラの目に宿るマッド・サイエンスティックな光に、通信担当のシノハラ軍曹が『たはは……』と苦笑いする。
「愛のチカラ……ってやつでしょうか」
「言ってる場合ですか! 大切な実験なんですよ!? ちょっと、サガラ軍曹! 聞いてるんですか!?」
「ハープーン A/R/UGM-84A、インパクトまであと3秒!3、2……」
管制官の無慈悲なカウントダウンに、騒いでいた全員が我に返る。4メートル近い弾頭が、みるみるうちに実験機とそれを庇うレーバテインへ近づいていく。
『ちょっ……さすがにデカくない!? アレ!! あ、あたし、自信なくなってきた……』
向かい来るミサイルの巨大さに、かなめが怖じ気た声を出した。
『安心しろ(して下さい)、千鳥(ミズ・チドリ)! 君は(あなたは)俺が(私が)必ず、守る(守ります)!!』
レーバテインが実験機の前に回り込み、全身でかばうように立ちはだかる。瞬間、周りの空気がゆがむほどの、爆発的な斥力が発生した。
空間に作用する力が、光の屈折率をゆがめ、大気が陽炎のようにゆらめく。レーバテインは両腕、さらには補助腕を伸ばすと、がっしりと迫りくる遷音速の弾身を捕らえた。抱え込むように受け止めると、鷲づかんだ右手、右補助腕をそのままに、反動を利用して力まかせに投擲した。
巨大な弾体が、悲鳴のようなうなりをあげて反転する。熱い空気が、赤く色づいて切り裂かれる。軌道をねじ曲げられたミサイルは、着弾することなく中空で爆発を起こした。
「な、投げ返した!?」
「ムチャクチャだ……」
「物理法則ってものが世の中には……」
「ま、イレギュラーな事態も起きたけど、とりあえず実験成功と言えるんじゃない?」
「うふふふ……いいデータが採れたわ」
一同が唖然とモニタを見つめる中、ヴィランとノーラが満足そうに微笑んだ。