鉄壁のブラザー・シップ(13)

「えーと、『コンバット・レーション(ムスリム向け)』。1、2、3……15箱」
「了解」
「次、『ガソリン・ランタン』。……35セット」
「了解」
「で、次は……」
かなめが備蓄棚を上からチェックし、宗介がチェック・ボードに書き込む。二十分かけて、作業はようやく後半へと差し掛かっていた。
「あ、これ、こっちに混ざってる。もー出したら片付けなさいってのよねぇ」
ブツブツ言いながら、かなめが頭上の箱を移動させた。両腕を上げているため、やたらとバストが強調される姿勢になる。
かなめ本人はまったく気づいていないが、宗介としては、落ち着かないことこのうえない。
ただでさえ、密室に二人きり。しかも、お互い認め合う恋人同士なのだ。かなめが履いているスカートが、昨日と同じものだったことも、昨夜の興奮を思い出させるのに十分だった。
とはいえ、今は曲がりなりにも隊務中だ。心を平静に保つよう心がける。
が、眼前のかなめは、そんな宗介の思惑など露知らず、前かがみで胸の谷間をさらけ出したり、物を運ぶ拍子に『ううん』と悩まし気な声を出したり、ミニスカートでかがみ込んだりと、やりたい放題だ。
しかも、本人は無意識なのだから、まったくたちが悪いとしかいいようがなかった。
さらに、いかがわしい妄想を払拭しようと、チームメイトたちを連想したのが運のつきだった。クルツから聞いたのろけ話を思い出す。
『なんか盛り上がっちゃって。そのまま隣の倉庫でこっそり一戦交えて。こんな場所じゃダメとか言うんだけど、そのシチュエーションがまた大興奮で』
そう、まさに今、同じ状況に宗介は身を置いていた。 まったく、呪わしいことこのうえない。静かに深呼吸するが、そんなものでやりたい盛りの健全な十八歳男子に宿った熱が去るわけがなかった。
「……ふう。で、次ね。『20リットル・ジェリカン』……50個」
最下段をチェックすべく、かなめが四つん這いになった時、ついに宗介に限界がやってきた。
「『アーモ・ボックス 7.62mm』が、えーと、1、2……」
「千鳥、許せ」
「は? ……ぎゃぁああー!!」
軍用棚に潜り込み、足をこちらへ向けていたかなめの腿から、宗介はするりとスカートを抜き去った。
「ああああああ、あんたわッ! 昨日とまったく同じコトしてんじゃないわよッ!!」
「すまん。まったくすまん。だが、分かってくれ、千鳥。これは不可抗力だ」
「抗いなさいッ! 全力でッ! 人間ならッ! サルかあんたはッ!」
四つん這いのまま、かなめは宗介をげしげしと蹴落とそうとする。が、謎の哀愁を漂わせた宗介は、蹴りの嵐をかいくぐり、器用にかなめからショーツまで剥ぎ取った。
「バカッ! 返しなさいっ! こんの色情軍人ッ!」
「何度も言うが、すまん、千鳥。事態が収束すれば、これは返却すると約束しよう」
「今すぐ返さんかーっ!」
棚からかなめを引きずり出した頃には、かなめの衣類はかろうじて死守したエプロンと、スニーカーのみとなっていた。
「よくも……こんなマニアックなカッコにしてくれたわね……!」
「うむ。躁病となんの関係があるかは分からんが、クルツがこの手の姿を模した写真を収集する理由が、今はじめて分かった気がするな」
「あんの、エロ外人ッ……!」
「ヤツのことはとにかく。何も言わず、そこに横になってくれ。千鳥」
「いけ図々しい……!」
軍用毛布とマットの束を指差す宗介に、かなめはこめかみをひくつかせた。
しばらく膠着状態が続いた後で、ふうっとかなめがため息をついた。
「ねぇソースケ。どうしたの昨日から? 今まで、こっちに来た時そんなにしたがらなかったじゃない?」
「それは……」
確かにそうだ。
幾度かの例外はなくはなかったが、これまではそういった恋人同士の営みは東京で、という暗黙の掟が二人の間にはあった。
だが、今回の実験に関わるあれこれで、かなめがミスリルでの地位を確立して、ごく自然にここにいるようになってからは―――なにか、事情が違っていた。
「壁が、消えたからな」
「……何の話?」
「自分でもよくわからん」
ぎらついた欲望をむき出しにしていた男の顔から、少年の顔に変わる。持て余した気持ちをうまく伝えられない、そんな顔だ。
かなめが近づく。二人の距離が縮まる。
もどかしそうに伏せている宗介の目を、覗き込むようにかなめが見上げた。
「どうしたの、ソースケ?」
「俺は、ミスリルでの生活と、東京での生活と、二重生活を送っているつもりだった。実際、周りの人間もそう言っていた」
「今は、ちがう?」
「分からない。ただ、境界線が薄くなってきた気がする。いや、もともとなかったのかもしれない。勝手に俺が思い込んでいただけで」
うまく言葉にできない宗介を察して、かなめが代わりに言葉を継いだ。
「なんとなく、分かるような気がするよ。あたしもさ、ここでのポジション、うまくつかめなかったから。ミスリルのみんなには何度も助けられてるし、なにか役に立ちたいとは思ってたけど、ウィスパードとして全面的に協力するのは……なんか……怖かった。あたしは、東京にいる時のあたしが本当のあたしなんだって思ってたから。……ソースケは、きっとその逆だったんじゃない?」
宗介は肯定も否定もしなかった。実際、自分でもよくわからなかった。
「でも、最近になってやっと、どっちもあたしなんだって思えるようになってきたよ。学校でキョーコやミズキたちとバカやってるのも、ミスリルでASいじってるのも、ちゃんとあたしなんだって」

『カナちゃん何かすごく重たい悩み抱えてるって……』

恭子はかつて、かなめをそう評した。たぶん、今かなめが言っていることも、彼女がかかえる錘のうちのひとつだったのだろう。
いま、晴れ晴れとした顔で自分を覗き込んでいる彼女が、それをもう手放していたのならばよいのだけれど。
「それってたぶん……ソースケのおかげだよ」
そこで自分の名前が出てくるのは、心底意外だった。
「だってさ。東京にもミスリルにも、ソースケがいるんだもん。バカみたいに非常識で、でも強くて、とっても優しい、だけどちょっと臆病で……。そういう……放っておけないソースケがいるから、あーコイツには、どこでもあたしが一緒についててやんなきゃな、みたいな……なんていうか……あたしがここにいなきゃ、って気持ちになれるんだ」
「そう……なのか」
「そうなのよ」
言葉を選びながら、かなめは伝える。
不器用な彼女の告白は、宗介が抱えていた思いの輪郭を、おぼろげながら提示してくれた。
「だから……ありがと。ソースケ」
照れたように見上げた笑顔は、とてもきれいで。
郷愁とか、憧憬とか、宗介が自分でも忘れていた感情の、すべてがここにある気がした。
それをかたちにできる言葉があるとは思えなかったから。ただのひとかけらも逃さないように、骨がきしむほど抱きしめる。
「大丈夫だよ、ソースケ」
かなめが、なだめるように宗介の背中をさすった。
「あたしとソースケ、二人一緒にいるんだもん。だから、大丈夫だよ」

『大丈夫』
その通り。『大丈夫』だ。
いまも、これからも。
何に対して?
もちろん、この世界のすべてに。

たっぷり5分ほどは抱き合っていただろうか。宗介の異変に気づいたかなめは、声を低くした。
「ソースケ、あんた……」
「うむ。すまんが、ここでも世話になることになりそうだ」
「あんたってホント、どーしようもないヤツ」
「すまない。これからもよろしく頼む」
「任せときなさいってのよ」
二人が毛布に沈んだはずみで、備品チェックリストが音を立てて床に転がった。

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コメント

  1. まろ より:

    なんと…はだかエプロ…なんと…!!
    アイネクライネは個人的にもなじみ深い曲なので、宗介の鼻歌?がより一層愛しく感じていた次のお話はエプロン!!!!
    でもこれは宗介ワルクナイ。千鳥ワルイ。ワタシワカル。

    なんだか会話はしんみり切ないのに、格好はエロい。
    素晴らしいスタイリストっぷりです軍曹。

    • soulsonic より:

      「ニーズは俺!!」を合い言葉にしかモノが書けないのです!
      自分の楽しさだけを追求して行いきたいのです!
      モノってモノじゃないですよ。モノですよ。モノだけに。

      アイネクライネいいですよね。
      宗介さんの鼻歌はすごい棒読みだと素敵だなと思っています。
      そろそろ「モスクワ郊外の夕べ」以外の歌と仲良くなってもいい頃だと思うの。
      音楽の授業とかどうしてるんだろう宗介さん。
      楽しい想像のオムニスフィアが無限に広がります。

      アホなカッコウで真面目な話題をするというシュールさを追求して
      いこうではありませんか。
      アホで真面目な軍曹が大好きだから!
      好きって言えばなんでも許されると思う中学生です。