「これさえ組めば、あとは実機テストで調整してもらえばいいだけだし、そろそろ東京へ帰れるかな」
「はい。長い間拘束してしまって、すみませんでした」
「なーに言ってんのよ、いまさら」
無骨な格納庫の一角が華やぐ。
整備服姿のかなめ、その横でラップトップ・パソコンをぱたぱたと叩くミラ、チェックボードを抱えたテッサ、リスト照会中のノーラ、電源コネクタを確認するシノハラ、油圧系統をチェック中のヴィラン、それにちゃちゃを入れながらタバコをふかすマオが、実験用3機の周りを取り囲んでいた。
「カナメ、近いうちにまた来てね? リアクターの電導性が……」
「ノーラさん、あんまりカナメさんを足止めしたら、あそこにいるレーバテインが飛びかかってくるかもしれませんよ?」
「そうね、ミラ。やめておくわ」
「あ、でも! やっぱりまた近いうちに来てくださいね!一昨昨日やったテニス勝負、私、認めてませんから! 元テニス部の名にかけて、負けられないもの!」
「ふっふ~ん、せいぜい壁打ちで練習しておくのね!」
「ふふふ、ミラもずいぶん回復したみたいね。カナメ、残りの技術的問題は今度来てくれたときにね。それまでに、ブルーザーと相談ごとをまとめておくわ」
「ブルーザーといえば、意外だったな~。ノーラさんって、ああいうタイプが好みだったんだ? どっちかっていうと、正反対なイメージなのに。ブロンドのイケメンと並ぶと絵になるっていうか」
「あーら、ブロンドのイケメンは、わたしじゃなくて……」
「何よ、その目……」
「別に? 二人っきりのときは『メリッサ』なんて呼ばせてるのね」
「ちょ、ちょっと、なんでそんなこと知って……!」
「ん~? 整備倉庫から二人で出てきたのを、たまたま見かけただけよ?」
「ええっ! そうなんですか? か、過激ですね……!」
「いっ!? 整備倉庫っ……!?」
「ん? どうしたの? カナメ」
「い、いや、なんでもない。いやホント、マジで。モーマンタイ。問題ない、な~んちゃって。うは、うははは……」
「ところでマオ、タバコ逆さよ」
「へっ!?」
「動揺してるみたいね。やっぱり倉庫で……」
「た、たまたまシフトがかぶっただけだって」
「でもでも、ギタリストの指ってヤバいっていいますよね!」
「だから、それは都市伝説」
「そうよ。それに指がイイのは、何もギタリストだけじゃないわ」
「きゃー! ノーラさん、それって……」
「ウェーバー曹長とブルーザーが器用なのは想像つくけど。サガラ軍曹ってどうなわけ、カナメ?」
「でっ……! な、なんであたしに振るかなぁ、そこで……」
「そりゃ決まってるじゃない。『あの』サガラ軍曹よ? 女になんか興味ないっていうか、むしろ『ヤり方知ってんの?』 みたいなカンジだったのに。いまや、カナメにべったりじゃない」
「オープン回線で『愛してる』宣言だもの。後にも先にもカナメだけって感じよね、彼は。一途なのはいいけど、地獄の底までつけ回しそう」
「じゃ、ジャクリーヌさん、そこまで……」
「そういえば、サガラさんは『顔が見えるのがいい』って言ってましたね」
「て、テッサまで……」
「へぇ、意外にロマンチストなのね」
「でもさぁ、若いコだし、勢いと回数だけなんじゃない?まだ。普段の彼見てる限り想像もつかないけど、ヤりたい盛りだもんね」
「そ、そんなことないわよ! ちゃんとあたしを気遣ってくれるし……。そりゃたまには、『あれ? もう?』って時もあったりするけど……」
「サガラさんて、そうなんですね……」
「うっ……しまった……!」
「いーじゃない。早撃ちガンマンは若さの証明よ」
「実際、愛されてるわよねー、カナメは」
「『君は俺が必ず守る!』ですからね」
「そーいうサッチーはどうなわけ? このあいだベンの部屋で映画見たらしいじゃない」
「わお! 古典的というか、らしいというか。クルーゾー大尉ってどうなわけ? やっぱアレもすごいの?」
「そ、そういうんじゃないですってば! た、ただ一緒に日本のアニメ映画を見ただけで……」
「ベンってそういうの好きよね。ああ見えて」
「へー、ジャパニメーションのファンなの。いいじゃない、サブカル~って感じで。むしろ仕事と趣味が一緒っぽいだけ、サガラ軍曹のが面倒くさそう」
「げっ! こっちに話題戻すのやめてよ!」
「この機会に、自白しちゃいなってカナメ」
「そうですよ。なんなら、シベリアで私が打たれてた自白剤、提供しましょうか?」
「み、ミラ……なんつーブラックなネタを……」
わいのわいのと、女性陣は終わらないおしゃべりを続ける。
追求に冷や汗をかきながら、ASの足元で冷却ユニットの調整弁をいじってたかなめが、立ち上がって伸びをした。
整備用ジャケットのファスナーを下ろし、脱ぎ捨てて身軽になる。上半身がキャミソール一枚を残すのみになると、肩をまわして凝りをほぐした。
ぴっちりと身体のラインを浮き立たせるキャミソールからは、豊かな胸が作る見事な谷間がのぞいていた。鎖骨に浮かんでいた玉の汗が、とろりと胸をすべって谷間に落ちていく。
レーバテインのコクピットで、宗介は忌々しげに操縦桿を握り締めた。
宗介にとってレーバテインは、メモリ保存作業の音を聞きわけられるほど慣れ親しんだ機体だ。外部モニタの録画モードが起動したことに、気づかないはずがなかった。
「アル」
『なんでしょう、軍曹殿』
「今の映像は即刻、消去しろ」
『今の映像とは、これのことでしょうか』
コクピット内のメインモニタ一面に、伏し目がちに笑う、胸元のきわどいかなめの姿が映し出される。
『心拍数、脈拍、体温ともに上昇を確認』
「黙れ。今すぐお前をスクラップにしてやる」
『脅威発生。戦闘回避行動モードへ移行』
アルの言葉の意味が分からず宗介が訝しんでいると、メインモニタの片隅に写真が一枚現れた。
コクピットシートをめいっぱいリクライニングさせて、無防備に眠るかなめの姿が映っている。かすかに微笑んでみえるその口元には、髪がひとふさ添えられている。無邪気でいて妖艶、淫猥にして優美、そんな形容がしっくりくる。
「なんだこれは……。いつ撮った?」
『私のとっておきの一枚です。解体処分回避のため、やむなく軍曹殿へ差し出した次第です』
「……」
無言で宗介が写真のウィンドウを閉じようとする。が、なんど終了命令を打ち込んでも、そのウィンドウはびくとも動かなかった。
『古来より日本では、戦艦のブリッジやコクピットに、家族や恋人の写真を配置して志気を高めるという伝統があります』
「嘘をつくな。そんな伝統は初耳だ」
『嘘ではありません。ジャパニメーションから吸収した由緒正しい知識です』
「また怪しげなものを……」
『要りませんか?』
「……現状維持を許可する」
『了解』
「あら。また揉めてるみたいね。あの二人」
レーバテインの不自然な動きに、ヴィランが目を留めた。
それを見て、かなめが大きなため息をつく。大股でどすどすとレーバテインに近づくと、ハリセンをかついで力任せによじ登り始めた。
「ソースケ、アル! あんたたちはまたっ! 仲良くなったんじゃなかったの!?」
「『似たもの同士はケンカする』とか言うわね」
「さしずめ、兄弟ゲンカってところかしら」
「ま、いいんじゃない? なんにしたって愛されてるのは、幸せなことよ」
「サガラさんて、そうなんですね……」
ハリセンの炸裂音を聞きながら、女性陣は他人事のように感想を並べた。
コメント
サガラさんって、そうなんですね!そうなんですね!!!
でも数打ちゃ当たるっていいますし、ガールズのトークで己のとんでもない事を暴露されていようと落ち込むことはありません。今は経験が浅いだけですきっと。おそらく。
ミラさんのジョークは体張ってますな…なんてタフな女性。
兄弟げんかがほほえましくて、やりとりが毎回楽しみです。
とっておきの一枚をスッと差し出す抜け目の無さは、マスターの千鳥に対しての独占欲や譲れない境界等を観察、考察することで得た処世術なのでしょうか。素晴らしい。見習いたいです。
そういえば、私の名前は「サチ・シノハラ」だったような前世の記憶が蘇ってきそうな気もするのでベンとアニメ鑑賞したのはほぼ私ではないかと思いました
こんにちはシノハラさん!!
ベンとアニメ鑑賞…彼はガチ泣きしそうなので、
そこをそっ…と慰めたり理解を示してみれば、
案外コロリと落ちないかな…などと心楽しい想像を巡らせます。
歴戦の猛者なので、見終わったらさらっと切り替えちゃうのかな。
戦隊服の下はジブリTシャツとかだったりしないのかな。
たしかONSの舞台がお台場あたりだった気がするので、
熱烈に西太平洋戦隊に転属願いを出すベンの姿が見たいのです。
ソースケさんについて。
数をこなさないと熟練にはなれんとですよ!
誰しも最初は新兵なのです!
千里の道も一歩から!!
かなめさんも比較対象がないから、普通のことだと思ってサラリと暴露するといいと思います。
そしてそれがテッサとマオの酒の肴になっていればいい。
そんな平和な世界が好きです。