軍用ヘリコプターの起こす風でスカートが捲れあがらないように、両手で抑え込む。手馴れた手つきでヘリに荷物を放り込んだ宗介が、先に乗り込んでかなめの手を引いた。
かなめが乗り込んだことを確認すると、宗介はパイロットに手で合図を送る。二人が席についてシートベルトを着けていると、パイロットが操縦席から振り向いた。
「やぁ、カナメさん。今日は珍しくロングスカートですね。もったいない」
「そ、そう? 今日は試験休みで学校なかったから! 着替える時間があって……」
「カナメさんの制服姿を楽しみにしている基地の連中が泣きますよ、 ははは」
ひきつった笑いを浮かべながら、かなめがそそくさとラップトップ・パソコンをバッグから取り出す。それを見ると、パイロットは前へ向き直った。通信機に帰還する旨を叫んでいる後ろ姿を見て、かなめは会話が打ち切られたことにほっとする。
いかにも時間がない、というそぶりでパソコンを膝に乗せてみたものの、実のところ緊急の用があるわけではなかった。念のため振り返ってパイロットのほうを確認すると、すでに操縦に集中している。
胸をなでおろすと、自分の体に関心が返ってきた。下腹部の違和感に顔をしかめる。
立っているときはそうでもないが、座ると少し響く。痛みはないが、ものが挟まったような不思議な違和感は、心地よいものではない。
「まだ痛むのか?」
向かい合わせに座っている宗介が尋ねる。仏頂面は相変わらずだが、その中に含まれた申し訳なさと気遣いを、かなめは読み取った。
「ん、大丈夫。なんか……ヘンな感じがするだけ」
「そうか。申し訳ない」
「昨日から何度も言ってるけど、あやまることじゃないの。痛いのは最初だけだって言うし、ヘーキヘーキ」
照れたように笑ってみせるかなめが、妙に艶々しく見えるのは、昨日の行為のせいだろうか。
汗ばむ白い肢体や、酔ったように名前を呼ぶ声や、頼りなげに見上げる瞳を思い出す。とたんに体が熱くなるのを感じて、宗介は思い出の映像をストップさせた。咳払いをして、気持ちを落ち着かせる。
さしあたっての任務がないとはいえ、これから2日間待機訓練だ。冷静さを取り戻すために、それとなく周りを見渡す。
無骨な鉄壁、重厚な窓、無機質に並ぶ機器。何度となく乗っている軍用ヘリの、見慣れた光景だ。
だが、そんな殺風景な光景の中だからこそ、黒いロング・ワンピースを纏ったかなめは余計に生き生きと目に入ってきてしまう。
『まだちょっと違和感あるし……その、裾が長いほうがなんとなく安心するから』
出かける前、そういってワンピースをつまんで見せた愛らしい指は、いま目の前でラップトップ・パソコンのキーボードを叩いている。
ふと、宗介の視線を感じたかなめが顔を上げる。視線がかち合うと、かなめは小さく微笑んだ。
『心配しないで』
その表情から声が聞こえた気がした。じんわりと充足感に浸っていた二人に、パイロットが到着を告げる。
「あと5分ほどでメリダ基地に着陸します。準備を」
「了解」
「マオ少尉やウェーバー曹長も、今しがた戻ったとのことです」
「了解」
条件反射的に答える宗介に、二人の名前を耳にしたかなめが、鬼気迫る形相でモニタを向けて見せた。巨大な書体でそこに書かれた文字に神妙に頷くと、宗介は着陸の衝撃に備えた。
『口外無用!! しゃべったら二度としないわよ!!』
「あらお二人さん、お疲れ様。今日は制服じゃないの?」
「日にちからいって、今日は試験休みってところか? いいねー、黒のロングワンピ! ぐっと大人っぽくなって、そそられるねぇ。でも俺としては、やっぱりあのフトモモ全開の制服姿のほうが……」
「ミスリルって、制服フェチの集まりなわけ……?」
さっきのパイロットといい、目の前の金髪碧眼の男といい……。かなめがクルツにジト目を向ける。
かなめの嫌味を、マオはさらりと受け流した。
「みんな、娯楽に飢えてるからねー。んじゃ、さっそくで悪いけど。カナメ、アルはB格納庫に入れてあるから。調整よろしくね。それと、M9のOS問題点については、このディスクにまとめてあるから。ソースケ、あんたはさびしいだろうけどコッチ。楽しい楽しい訓練のお時間よ~」
「了解した」
「じゃ、また後で。調整終わったら、テッサのところに持っていけばいいんですよね?」
「お願いねー! じゃ、また!」
遠ざかるマオの声は、廊下の奥へと消えていった。
「アル、調子はどう?」
「問題ありません、ミズ・チドリ」
「脳神経パルスの受信を分散させるマニュピレーターソフトを作ってみたの。ちょっと流してみるね。何かあったら教えて」
「了解」
「……前から思ってたけど、あんた最近とみにソースケに似てきたんじゃないの」
キーボードのエンターキーを押し込みながら、かなめがボヤく。
レーバテインのコクピットにいるかなめの前には、持ち込んだラップトップ・パソコンとASの操縦用モニタ、2つのモニタが並んでいた。膝に乗せた端末のモニタと、操縦用モニタを交互に見比べる。データは滞りなくダウンロードされ、ローディングされているようだ。
「私は軍曹殿に近づくように設計されています。賞賛と受け取ってよろしいでしょうか」
「褒めてないっ!」
無意味だとは知りながらも、ハリセンを取り出して、すぱんっとコクピットをはたく。
すると、なぜか計測中の神経粒子値が跳ね上がった。値は、『恭順』を示している。
「な、なに? どうしたの!?」
「分かりません。理論的見地からすれば、AS機体に対して紙製の武器が脅威になるはずはないのですが。なぜだか、絶対的恭順を示すべきだと判断しました」
「……はは……ソースケの深層心理ってワケね……」
脱力しながら、かなめは読み込みが完了した自作のプログラムを起動した。
「これまで1本だったパルスの捕捉回路を、擬似的に1000本まで増やしてみたの。本数の設定はソースケに実際乗ってもらって、後で調整しよ。波形補足とマニュピレータ伝達の効率が上がる分、コンディションはかなりあそびのないものになるけど、ラムダ・ドライバを自由に起動できるようになるはずよ。活動時間も、M9並みの150時間くらいまでは延び―――」
「これは、とても気持ちがよいです」
「―――は?」
『気持ちいい』?
いくらこのアルが有機的なAIであるとしても、快感を覚える機械なんてあるだろうか?
「いえ、そんな気がしただけです。前々から思っていたのですが、ミズ・チドリのデータやソフトは、非常に効率的かつ的確で―――」
「……つまり、どういうこと?」
宗介といい、アルといい、どうしてこいつらはこんなに回り持った言い方をするのだろう?
半ばあきれながら、かなめがアルに答えを促した。
「要するに、私にあっているということです。特に、たったいまロードしたデータは、これまでで一番心地よいものでした。また実際、戦果への貢献も目覚しいものがあります」
「……そりゃ、どーも」
「テスタロッサ大佐やレミング少尉のデータとは、何かが違うのです。なぜでしょう?」
「んー、きっと……ソースケとアルが無事に帰ってきてほしいって思ってるから……じゃない?」
「願いや祈りが、データや戦闘結果に影響するのでしょうか?」
「さぁね。でもあたしは……いつも、ソースケやアルやみんなに、無事に帰ってきてほしいって……思ってるよ。ちょっとだけでも、手助けできればいいなって」
「助かります」
「どういたしまして」
無機質なコクピットの壁面を、ぽんぽんと叩いて撫でてみせる。まるで、飼い主が愛犬にするしぐさのように。
いつだったか、同じような会話をソースケともしたような気がする。
『心地よい』
アイツも、あたしのことそう思ってくれてるんだろうか。
昨夜の焦燥に濡れた雄の顔と、今朝のあどけない少年の寝顔がよみがえる。
「しかし、ミズ・チドリ。本日はそろそろ休まれたほうがよいのではないでしょうか」
「へっ? なんで?」
声が裏返る。その先の記憶がよみがえりそうになって、かなめは空想を取りやめた。
「頚部、胸部および大腿部に多数の内出血や痣が見られます。体調が悪いのでは?」
「やっかましい!! 勝手に人の身体をぁキャニングするなぁー!!」
びくっと身をすくめるASを、通りがかった作業員が不思議そうに見つめていた。
「なるほど。確かにこっちのほうが効率的ですね」
「でしょ? 接続本数は多めに用意してあるから、コンディションに合わせてアルのほうで調整してもらえば……」
愛らしい10代の少女二人の会話は、専門用語で満ち溢れていた。真剣な表情の二人の前には、いくつものモニタと特殊なプログラム言語が並んでいる。
「実際にサガラさんに乗ってもらって、計測データをとったほうがよいでしょうね」
「うん。で、ある程度のカスタマイズが終わったら、クルーゾーさんやクルツくんと模擬戦でもやってもらえれば。一応、今までのシステムとのスイッチは可能にしてあるから。使えないようだったら切り替えるようにアルに伝えておくね」
方向性がまとまると、テッサがモニタから視線をかなめに移した。
「ところで、カナメさん」
「ん?」
「そろそろ、お給料を受け取ってもらえませんか? 大尉としての迎え入れの話はおいておくとしても、これだけの時間的、能力的負担を無償で、というのはやはり……」
「んー、いいよ……別に。テッサやマオさんところに遊びに来てるようなもんだし……。それに……」
「戦死した隊員たちのことを気に病むのは分かります。けれど、彼らは彼らの職務を全うしたまでです。カナメさんが必要以上に気にすることは―――」
「分かってるんだけどね。やっぱり、さ。あたしは、みんなが無事に帰ってきてくれるようにちょっとお手伝いできるなら……それで十分」
かなめの決意が固いのを感じ取り、テッサは小さくため息をついた。
無理もない。かなめはただの女子高生だ―――だった。
凄惨な戦場や、理不尽な犠牲を当たり前だと割り切れるはずがない。今こうして、プライベートな時間を削ってまで協力を申し出ているのは、おそらく罪悪感からなのだろう。目の前で傷つき、死んでいった人間たちへの。
『戦士の回廊』を歩むことを決意したテッサでさえ、歯を食いしばって耐えているというのに。不可抗力で状況に放り込まれたかなめに、戦争の掟に従えと言うのは酷というものだろう。
「分かりました。では、サガラ軍曹に格納庫へ来るように伝えます。そろそろ訓練も終わる時間ですから」
艦長席に戻って、ノーラ・レミング少尉に、相良軍曹の呼び出しを伝える。
―――レミング少尉のスカウトは、成功したのにな。
テッサは可憐に苦笑した。
「おーう、ソースケ。訓練終わったら、B格納庫にこいってさ」
「了解した」
「レーバテインの調整ってわけね」
「カナメと二人っきりっだからって、コクピットをイカ臭くすんなよ~?」
「あ、サガラ軍曹ってやっぱりあの、サムライ・ガールとそういう仲なの?」
「何の話だ」
つとめて平静を装いつつ、宗介は心の中で冷や汗をかく。
仕事仲間とはいえ、任務中でさえなければ、最年少の宗介はからかいのターゲットになってしまう。特に、ある作戦においての、かなめとのオープン回線での会話から、それは顕著になっていった。
居心地の悪い思いをする宗介を救ったのは、やれやれ、と肩をすくめたクルーゾーだった。
「そういえば、俺たちのM9にも近々ラムダ・ドライバを積む予定らしいな」
「おお! カナメ、がんばってんなぁ。無給だっつーのに。見上げたボランティア精神だ。勤労大国ニッポンの鑑だねな
「まぁ、いろいろあるんでしょ。あの子にも」
「……だな。ソースケ、かわりにかなめにオゴってやれよ」
「うむ。おはいお屋のトライデント焼き等の支払いを、時たま担当している」
「そういうケチくさいもんじゃなくてよ、もっとこう……お?」
ノリに任せた、といった風情でクルツが宗介の首に腕をまわした。ほかの者には聞こえない声で話しかける。
「お前、なんかイイコトあった?」
「何の話だ」
「スッキリした顔しちゃって。いやはや、お兄さんは嬉しいねえ」
「言っている意味が分からん」
「べっつにぃー? 心当たりないなら、いいんだけどよ」
相変わらずのむっつり顔でクルツの腕を振り払う。宗介の頭の真ん中では、ヘリの降り際に見たモニタの文字が、煌々と光っていた。
「ソースケ、乗った感じどぉ?」
「問題ない」
「アルは?」
「問題ありません」
「オーケー。じゃ、ちょっと今のデータをもとにアルが使いやすいよう設定を再構築するね。ちょっと待ってて」
「「了解」」
レーバテインの肩にちょこんと腰掛けて、かなめがラップトップ・パソコンに指を滑らせる。ASに繋いだプラグから流れ込むデータを比較して、最適な構成環境を作り上げていく。コクピットに残された一人と一機の沈黙を破ったのは、後者だった。
「軍曹殿、質問があります」
「なんだ」
「紙製の武器をどう思いますか?」
毎度のことだが、このAIはおかしなことをいう。
AIに『好奇心』なんてものがあるのかは分からなかったが、よくもこう無駄な情報ばかりを仕入れてくるものだ。
「殺傷力、防弾性、防火性ともにゼロに近いな。戦場で役に立つとは思えん」
「理論的にはそのとおりです。ですが、なぜか先ほどミズ・チドリに紙を束ねた武器で殴打された際、絶対的恭順を示すべきだと思いました」
「…………」
「軍曹殿の行動データから得た結論です。行動理由を教えてください」
「……自分で考えろ」
マスターのそっけない返答に、AIはしばし沈黙した。2度目の沈黙を破ったのは、肩の上の少女だった。
「アル、今送ってるデータを第一次構成フォルダに入れて。これから第二次を作るから」
「了解。ミズ・チドリ。このデータもとても心地よいです」
「そ? ありがと」
恋人とAIの会話に、宗介は奇妙な気持ちになる。
『心地よい』?
『ありがとう』?
意味もなく感情が波立つ。
「軍曹殿、心拍数と体温に若干の上昇が見られます。どうかしたのですか?」
「何もない」
「それは、私の左2時の方向に放置されている軍曹殿の所持品から消失した男性用避妊用品と関係性がありますか?」
「からかっているのか?」
「否定です。インターネット等から得た知識から、ミズ・チドリの身体各所に見られる内出血と、軍曹殿が使用したと思われる男性用避妊用品の関係、それに先ほどのミズ・チドリの言動を考慮したうえで、ミズ・チドリと軍曹殿が性行為に及んだと推論したまでです」
宗介は眩暈すら感じた。
粉をかけてきたクルツは別にしても、これまで誰にも気づかれた気配はなかったというのに。なぜよりにもよって、AIに見抜かれねばならないのだ。
「今の話のこれ以上の推察と、他人への漏洩を禁止する」
「理由を教えてください。ウェーバー曹長は、二人が性行為に及んだ場合、祝福せよと言っていました」
「クルツがそんなことを?」
宗介は意外に思いながらも、案外回りに気を配るあの男ならありえるかもしれない、とほんの少しだけクルツを見直した。
「肯定です。そして、その場合すみやかに報告せよと――――」
「口外した場合、お前をスクラップにしてやる」
「アイ・サー」
クルツへの評価レベルを元に戻すと、宗介はアルに釘を刺した。
「ところで、『千鳥の言動から推論した』と言っていたな。内容を言ってみろ」
「私がミズ・チドリと機密を共有していることが気になるのですか? 軍曹殿」
「質問にだけ答えろ」
「了解。端的に言いますと、ミズ・チドリは常に軍曹殿と私の無事を祈っているということです。その結果、画期的かつ高性能な開発が可能だと」
「……千鳥がそう言っていたのか?」
「肯定です」
への字口のまま、宗介の頬が赤くなる。
いつも自分の行動に呆れ、怒りの鉄槌と罵倒を繰り出すかなめが。2人きりのときでさえ、何を考えているのかちっとも理解できないかなめが。
俺の無事を、いつも祈っている?
不思議な高揚感に襲われる。
士気が高まる? いや、そんなちんけな感情ではない。
体の芯が熱くなって、何でもできそうな気になる。生きていることそのものが嬉しいとか、血と泥だらけの自分の人生も悪くなかったのかもしれないとか、自己肯定の感情が流れ込んで、ぐちゃまぜになる。ちょうど、昨日の夜と同じように。
「交感神経に高揚が認められます。体温と心拍数も上昇値を示しています。とても複雑な感情に見受けられます。解析不能」
「当然だ。ひと言で片付けられてたまるか」
「ここまでの論議の結果、私の推論が間違っていなかったと結論付けて構いませんね? 軍曹殿とミズ・チドリが性行為に及ん―――」
「やはり、貴様は海に沈めてやる」
操縦桿を力の限り握り締めながら、宗介は今一度この会話が外に漏れていないかを確かめた。外部モニタを確認すると、かなめは先ほどと変わらずぱたぱたとキーボードを叩き続けている。
心の底から、安堵する。彼女が突きつけた警告文を実行されたら。そう思うだけで、背筋が寒くなった。
しばらくの間、外部モニタを表示させたままにしてみる。真剣な顔でプログラムを綴るかなめの顔は、教室で見せる顔とも、彼だけに見せる顔とも違っていた。特殊な能力者としての顔だ。
『まったく、君には驚かされる』
今まで、何度そう思ったことだろう。きっと、これからも。
確かに、俺と千鳥の関係は変わった。少しずつ変化していた絆は、昨夜を境に決定的になった。
それでも。たぶん、変わらずに千鳥は俺に呆れ、怒りをぶつけ続けるのだろう。
それでいい。この愚鈍な男を、彼女は選んでくれた。血と泥と硝煙にまみれた、日常外の化け物だった俺を。
何が来ようと、やってやろうではないか。きっとうまく乗り越えられる。これまでだって、二人で何とかしてきたのだから。汗みずくで転がりまわったとしても―――それはそれで、俺たちにお似合いな気がする。
「質問があります」
「今度はなんだ」
「私は、ミズ・チドリの作成したプログラムを心地よいと感じます。ほかの誰が作ったものよりも。また、無事を祈っていると言われて、嬉しいと感じています」
「それがどうした?」
「軍曹殿がミズ・チドリに抱いている複雑な好意は、それ以上に心地よいものなのでしょうか?」
宗介の目に、確信と、ほんの少しの優越感が宿る。
「比較にもならん。考えることだな」
「それは、ミズ・チドリに対してのみ、抱く感情なのですか?」
「当然だ」
再び沈黙したAIは、マスターに伝えなかったかなめの言葉についてプロセッサを走らせた。やさしく暖かい言葉なのに、ひどく自分を落ち込ませた不可解な言葉だ。
『だからアルも……ソースケのこと、助けてあげて。お願いね』
感覚系統を乱す、この不思議な感情。さて、バグと片付けてよいものかどうか。
「うー、まぶし! ずっとモニタばっかり見てたもんだから、目がシバシバするわ……」
12時間ぶりに格納庫から這い出てきたかなめが、太陽の光に目を細める。大きく伸びをしているかなめを見て、となりで釣り糸を垂らしていた宗介は、なぜだか安心した。
やはり、無機質な格納庫でモニタを睨んでいる姿よりも、太陽の下で手足を伸ばしているほうが、かなめらしい。
「だが、君のおかげでレーバテインの活動時間が劇的に延びた。感謝する」
「どういたしまして。でも、模擬戦の相手になってもらったクルーゾーさんには、悪いことしちゃったかな」
「問題ない。中尉殿も、M9系に搭載するラムダ・ドライバにとって必要なデータが採れたと喜んでいた」
「そっか」
ぽふり、と音を立ててかなめが宗介によりかかる。瞬間、宗介はどきりとするが、かなめは目をつぶってただ長い髪を風にそよがせている。
なんとなく、邪な気持ちを抱いた自分に、宗介は罪悪感を感じた。
しばらくの間、二人はそうして時間に身をゆだねる。秘密の釣り場には、二人のほかに人の気配すらない。あるのはただ、波間に反射する太陽の光と、強めの潮風、寄せては返す波の音、それに遠くで鳴く海鳥の声だけだ。
穏やかな時間。世界に二人きりのような気さえしてくる。
「釣れないね」
宗介によりかかったまま、かなめがぽつりと呟いた。
別段、残念がっているふうでもない。ただ静寂を埋めるだけの言葉だ。
「ああ」
釣竿から視線を動かさずに、宗介が答える。
平静を装ってはいたが、宗介は不思議な葛藤に戸惑っていた。
なにものにも変えがたい穏やかな時間。それは、宗介とかなめにとっては手に入れるのが困難なもののひとつに違いなかった。この時間の継続を、かなめが望んでいるるのは分かっていたし、宗介自身だってそうだ。
けれど、この平穏を破りたくなる衝動が、身体の中心で生まれかけている。もたれかかるかなめの肌のやわらかさが、宗介に熱を送り込む。自分がひどく自己中心的で、野蛮な男に思えてくる。
「どうかしたの? 困ってるみたいだけど」
切れ長の大きな瞳が覗き込む。心配だけを映した澄んだ瞳は、宗介に奇妙な罪悪感を与えた。
「いや、問題ない」
「……そう、ならいいけど」
怪訝そうに眉をゆがめると、かなめの瞳は目線を移した。そのまま下へと移動して、こつん、と小さく宗介の胸に額をつける。
「なんかあったなら……たまには、あたしに頼りなさいよね。あたしは……あんたの……」
言葉の最後は、波の音にかき消されるほど小さかった。直接触れている肌から振動が伝わる。骨の震えが、身体全体に浸透していく。まるで、渇いた砂が待ち望んだ水を吸い込むように。
すべての内容が聞き取れたわけではなかったが、それでも少女の小さな命令は、少年に圧倒的なまでの力を与えた。
その高揚を言い表せる言葉が、この世にあるとは思えなかった。
あったとしても宗介は知らなかったし、知っていたとしても、口下手な自分が彼女にうまく伝えられるとは思えなかった。
だから、言葉を捨てる。手を伸ばして、抱きしめる。強く強く力を込めたい衝動を、なけなしの理性で逃しながら。なるべくやさしく、想いを込めて。
一瞬、身体がこわばったものの、かなめはすぐに宗介に身を任せた。
宗介のわき腹と腕の間にするりと腕を通して、抱きしめ返す。吸い付くようにぴたりと重なる。あるべきものがあるべきところに収まる。
宗介の汗のにおいと、肺を流れる空気の音と、生きる証を鳴らし続ける鼓動と、それに身体を包み込むぬくもりだけが、かなめを支配する。
「……引いてるみたいだよ」
「そうか」
竿に背を向けてかなめを抱きしめ続ける宗介のかわりに、かなめが釣果を知らせた。返事だけはしたものの、宗介は釣竿に見向きもしない。
「釣り上げなくていいの?」
「問題ない」
「大物かもよ?」
かなめが釣竿に手を伸ばそうとすると、宗介はそれまでとはうって変わって抱きしめる腕に力を込めた。
予期しない力に、かなめがひゃっと小さな悲鳴を上げる。
「なるほど、大物がかかったようだ」
「……あたしは、魚じゃないわよ」
文句を無視して、宗介はそのままかなめを横たえる。かなめがはっとしてじたばたと抵抗するが、お構いなしだ。
「あんた、何する気!?」
「決まっているだろう。君とセックスを―――」
「バカ!! 東京行きのヘリが出るまで、あと1時間くらいしかないのよ!?」
「問題ない。遂行時間には十分すぎるくらいだ」
「問題大ありよ! そ、それにこんなところで……」
「俺は、君からの任務を遂行したぞ。誰にも口外しなかった」
「そんなの当然でしょ!」
「……そうか……」
無表情な宗介から、しゅんとしょげた犬のような感情を読み取る。そのいじらしさに、ううっとたじろいだ後、かなめは降参したように身体の力を抜いた。
「……一回だけだよ?」
「了解した」
見えない宗介の尻尾が、パタパタと往復するのが分かる。
はぁ。
まったくヘンな奴に恋しちゃったもんだわ。ムードもなければ、甘い愛の囁きもなし。あるのは、テッポーとか地雷とか、物騒なモノばっかり。この朴念仁をカワイイとか思っちゃうなんて、あたしも相当おかしくなってるわよね。
だってそうでしょ?
学校で、クラスの男子をびしばし叩いたりしてるこのあたしが。『恋人にしたくないアイドルナンバーワン』なんて言われてるこのあたしが。
鼻息荒くした戦争バカに、ワンピースのボタンをはずされるのを、嬉しいと思ってるなんて。
「あーあ、ひどい太公望に捕まっちゃったもんね」
「タイコーボー?」
「漢文と世界史、しっかり勉強しなさい」
「了解した」
こんなときにまで律儀にうなづく、すっトボケたアンタに恋するなんて。
やっぱりあたし、イカれてる。
拗ねたように恥じらいながら身を任せるかなめは、まばたきひとつでさえ宗介を誘い込むのに十分だった。
少女の羞恥と、男を知ったばかりの匂いたつ艶やかさ。戸惑いと、ほんの少しの期待を持って見上げられれば、それだけで脳髄が溶け出しそうになる。
クラスメイトが、『容姿は文句なしだが色気に欠ける』とかなめを評したことを思い出す。そのときはただ漠然とした不満と、不思議な安心感を得ただけだった。けれどいま、なぜだか彼らの無知さを鼻で笑いたくなる。
『色気に欠ける』?
冗談じゃない。彼らがかなめのこんな姿を知ったら、どう思うのだろう?
見せ付けてやりたいという不思議な傲慢さと、いいや俺以外の誰にも見せるものか、という独占欲。そして、そのどちらもどうでもよくなってしまうほど、かなめにのめり込んでいるという事実。
いくつもの押し寄せる感情をうまく言葉にできるほど、少年の語彙は多くなかったから。ただ素直に、感じたままを口にする。
「綺麗だ、千鳥」
「……あんまり、じろじろ見ないでよ」
「努力する」
黒いワンピースをはがすと、中から白い肢体が弾け出た。ところどころにレースがあしらわれた上下の下着姿を見て、宗介は驚き、その後複雑そうな顔になる。
他人には分からないその宗介の変化を察知したかなめは、にわかに顔を曇らせた。
まだ2度しか見せていない下着姿だ。まして、明るいところで見せるのははじめてだというのに。
怪訝そうな顔をされれば、自分の姿に不安になるのは当然だった。
「ソ、ソースケ……? その……あたし……なんか……ヘン……?」
心細そうに見上げるかなめに、宗介はあわてて首を振って見せる。
「いや。先ほども言ったとおり、千鳥は綺麗だ。磨きぬかれた刀身のようだ。ただ……」
「ただ……なんなのよ?」
自分の裸身への比喩に多少の違和感を感じながら、かなめが宗介に尋ねる。
宗介は逡巡した。若干の不都合な事実が含まれているその理由を、言うべきか、言わざるべきか。
だが、もとより宗介がかなめを不安にさせたままでいられるはずがなかった。
「その……黒は……いささか、どうかと思う」
「へ?」
「まるで、クルツや小野寺に見せられた雑誌に載っていた女優のようだ。やはり君には……そんな色は似合わないと……」
言われて、かなめは自分の姿を再確認する。
『珍しい』『もったいない』と散々いわれた黒いワンピースは、すでに傍らでただの布切れと化している。身に付けているのは、控えめにレースで装飾された黒いブラとショーツだけだ。
「下着は白やピンクしか認めないってわけ? 昭和の中年オヤジじゃあるまいし……」
「前世紀の中年男性との因果関係は分からんが、認めないとは言っていない。ただ、ほかの色もあるのではないかと……」
「はいはい。あのね、黒い服の下に白やピンクの下着付けてたら、透け放題でしょ? 透けないようにアウターにあわせてるわけ」
「……そういうものなのか?」
「そ。トータルコーディネイトってやつよ。ま、迷彩服しかもってないあんたに言っても無駄だろうけど」
「むぅ」
「それにしても、意外ねー。あんたでもそういうの見るんだ?」
不安が取り除かれると、俄然かなめは強気になった。からかうように宗介を見上げる。
「否定だ。俺はただ、不可抗力的に見せられただけだ」
「でも、覚えてたわけでしょ? そーゆーの見て、ムラムラっとしてたわけでしょ?」
「ムラムラとは何だ?」
「触りたいとか、エッチなことしたいとか思ってたんでしょってこと」
「それも否定だ。今まで俺がそんなふうに思った女性は、千鳥だけだ」
サヨナラ満塁ホームラン。
形勢が逆転する。今度は、かなめが慌てる番だった。
懸案の下着を取り除かれ、白一色になったかなめの身体は、まったく見事なものだった。
いつぞや、女性の神秘とやらの現実に叩きのめされた風間の話とは、大違いだ。肌には腫れ物ひとつありはしないし、胸は上げ底どころか、見た目より豊かなくらいだ。
宗介が女性の身体に対して美醜にこだわったことは、皆無といってよかったが、それでも、かなめの身体が美しいということは、本能的に理解できた。
それが自分の作り出した幻ではないことを確認するように、宗介はかなめに手を伸ばす。両手でかなめの顔を固定させると、食いつくような勢いでにくちびるを貪る。
指先で顎だけを上げさせて、なんて洒落た真似は思いつきもしなかった。
角度を変えて、2度3度くちびるを合わせると、少し開いたかなめの歯の間に舌を滑り込ませる。歯の1本1本を確かめるように口内を蹂躙し、飲み込まんばかりにかなめの舌に吸い付いた。
「ソースケ……くるしぃ……よ……」
「すまん」
「ばぁ……か。あやまることじゃ……ないってば」
息継ぎの合間、途切れ途切れにかなめが言葉を紡ぐ。大人顔なのに、余裕のない淫靡さを含んだかなめの艶声が、宗介をさらに酔わせていく。
「もっと紳士的に……なれな……ぃの……?」
「努力……する」
「あんた……らしぃ……わ……」
性急な求めに顔を歪めながら、『仕方ないなあ』と笑ってくれる。
圧倒的な力が、腹の底からわきあがってくる。
「……ん……んふっ……」
かつて、キスをただ生命維持のための行為だと思っていたことがある。
物質的な問題ではないにせよ、生命維持という意味においては、間違っていなかったのではないか。 宗介にとってかなめのくちびるは、間違いなく生きる力を送り込んでくれる永久機関なのだから。
順安でかなめに抱きしめられたとき、はじめて『死にたくない』ではなくて、『生きていたい』と思った。そして、その後の苛烈な日々の中で、いつの間にか『生きていたい』が、『かなめと一緒に生きていたい』に変化していた。
「ソースケも……脱いでよ。あたしばっかり……ズルイ」
「了解した」
『殺人聖者』と俺を呼んだあの男は、これを堕落と呼ぶのだろうか。欲まみれの俗物だ、と笑うだろうか。
結構だ。まったく問題ない。
落ちて落ちて、行き着いた先が奈落の底だったとしても――――俺と千鳥が二人でいるのに、そこから這い上がれない、なんてことがあるだろうか?
くちびるで執拗にかなめの舌を追い求めながら、裸になった胸と胸をぴったり重ね合わせる。左手でかなめの顎を押さえ込むようにして顔を固定しながら、右手で乳房を捏ねまわす。全体を持ち上げるように掬い上げたかと思えば、桃色の先端をこよりを作るようにして摘んでみる。押し込むように親指で擦ると、乳頭は赤みを増して固くなった。
「っひぁん……!」
宗介の胸板に押しつぶされて、右の乳房は奔放に形を変える。口内と左右の乳房を同時に攻め立てられ、かなめは思わず悲鳴を上げた。
その声の頼りなさが、なぜだか宗介を掻き立てる。
守りたいのに。何よりも大事にしたいのに。誰にも傷つけさせないと決めているのに。
なぜか、彼女を崩したくなる。自分だけがそれをできるのだと、確認せずにはいられなくなる。
「……はぁ……ぁ……」
ふさがった両の手の変わりに、宗介は自分の乳頭をかなめの乳頭にこすりつけた。
手と手を合わせるように、くちびるを重ねるように、二人そろいで付いているものを摺り合わせるのは、至極自然なことのように思えた。
とたんに、電流のように刺激が押し寄せる。
「……ふ……っ…」
行為中、ことさら無口になる宗介の口から、骨のないため息が漏れた。
未知の刺激に、夢中になる。
身体全体をゆさぶって、くちびると胸を貪っていると、かなめの太ももに差し込んでいた左足に、生暖かいぬめりを感じた。
「んっ……ふぁあっ……そー……スケ……」
ゆさぶるたびに、宗介の左腿が、かなめの性器を刺激していることに気づく。意図的にではないため、的確には与えられないその刺激は、もどかしい分だけ、さらにかなめの欲を煽っているようだった。
声にならない声で、もっともっととねだるかなめは、浅ましくて、息苦しいくらいに美しい。すでにかなめの入り口は、太ももを伝うほど濡れそぼっていた。
すぐにでもその中に埋め込みたい誘惑を堪えながら、宗介は入り口の上にある尖ったつぼみに、身体の先端をこすり付けた。手と、くちびると、胸と、同じように、重ね合わせて、擦り付ける。
「ひゃぁあああ! ……あぅっ……ひんっ……ソース……けぇ……」
「くっ……む……」
これまでもどかしく与えられていた刺激が、的確な直線となってかなめを襲った。
くちびるを貪る舌から、捏ねまわされる乳房から、重ね合わせた乳頭から、擦れ合う敏感なつぼみから、耳にかかる熱を含んだ吐息から、身体全体を覆う体温から。
あらゆる方向より押し寄せる刺激から、快感を逃す術を断たれ、かなめは生理的な涙を浮かべる。
声を上げて刺激を緩和させようにも、ふさがれた口では息をするのがせいぜいだった。たえず宗介に舐めとられる舌から、幼な児のように舌足らずな嬌声がこぼれる。
「……らぁぅ……ろーふけ……おかひ……く……ひゃる……よ……」
「……おかし……く…なって……もん…だい……な……いっ……」
擦れ合うかなめの秘部からあふれ出す愛液が、陰茎を伝って内腿を濡らす。ぬらぬらとして温かい体液は、死に近い生活を送ってきた宗介に、限りなく生を感じさせた。
研ぎ澄まされた本能が、宗介に伝える。
そうだ。
生とは、賞賛すべき理想や崇高な信念などでは決してない。もっと温かくて、生ぐさくて、貪欲で、懸命なものだ。
たとえば、目の前のたった一人の女を、全身くまなく使って愛し抜くような。
体中を摺り合わせているから、分かる。
これは決して、偶然などではない。それが証拠に、見てみろ。くちびるも、胸も、腰も、性器さえも。
この先何十人、何百人、何千人と出会ったとしても。こうまでしっくりと俺と組み合わさる女が、千鳥以外にいるだろうか? こんなにもよくできた偶然が、どこにある?
たとえ、それが仕組まれた偶然だったとしても―――
俺と千鳥なら、『当然だ』と笑ってみせる。
「…んん……ぁん……ああぅっ!」
ひときわ高い嬌声とともに、陰茎を湿らせていた愛液がとぷっと溢れ出した。首をそらすように震えると、かなめの身体からくたりと力が抜ける。
とろんとした目と、だらしなく半開きになった口から、宗介はかなめが達したことを理解した。
「ち、千鳥……その……」
「ふぁ……そー…スケ……」
言いようのない達成感が、宗介を襲った。
メリダ島へ来る前夜、あの記念すべき夜には、悲しいかな、宗介ひとりしか達することができなかったのだから。
『その……あたしは女だし、初めてだったんだから当然だってば。落ち込むことないわよ』
宗介よりは幾分性知識を持っていたかなめが、そう慰めてはくれたものの、宗介は一晩中言いようのない罪悪感にとらわれた。
自分ひとりだけが気持ちのよい思いをして、かなめには苦痛だけを味あわせてしまった―――
律儀な性格と性への識盲が災いして、宗介はひとり密かに猛省していた。
それが、いま。
かなめはくず折れて肩で息をしながら、潤んだ目で宗介を見上げている。頬は赤く染まり、くちびるは唾液で濡れ、触れるだけでびくりと震えるほど肌を敏感にして。
知らぬうちに背筋が伸びる。目は爛々と輝き、彼にはめずらしく、口角が緩みそうになる。
「ソースケ……も……きて……? おね……がい……」
押し寄せていた感動と達成感と優越感とは、かなめの小さな懇願できれいさっぱり吹き飛んだ。
「……ぃあっ……んぅ……」
「くっ……」
不慣れな手つきで避妊具を装着して、入り口に亀頭だけを埋め込む。一度達した愛液で潤っているとはいえ、かなめの中は依然として狭かった。
前回の苦痛を浮かべた顔を思い出して、そろりそろりと侵入するが、男を知ったばかりのかなめの肉壁は、宗介を闖入者として締め出そうとする。
かなめの表情が、愉悦から、眉根を寄せた苦悶のそれへと変わっていく。
「辛いか……千鳥?」
「ん……まだちょっと…痛い……かな……」
「痛いなら、無理に続けなくても―――」
「ダメ。やめないで」
眉間にしわを作りながら、それでもかなめは薄目を開けて微笑んでみせた。宗介の肩に、手がかりのようにつかまっているかなめの指の力から、彼女の辛さが伝わってくる。 無論、宗介としては続けたい。
けれど、かなめが苦しむのは望むところではない。戸惑う宗介を、かなめは弱弱しく元気づけた。
「だって、さ。……早く慣れておかないと……。困るでしょ? ソースケだって」
無理をしながら、『まかせときなさいよ』と笑うかなめは、宗介にとってほとんど天啓だった。
『あたしたち、これから先も一緒なんだから』
直接繋がっているせいかもしれない。初めて的確に、かなめの気持ちを察せた気がした。
未来なんて考えたこともなかった男は、どこへ行った?
これから先、彼女の隣に自分がいないなんてことが、あっていいものだろうか?
「そうだな。大いに問題だ」
それだけ言うと、宗介はゆっくりとかなめの中を行き来しはじめた。
角度をつけて、抉るようにかなめの中をかき回すと、奥から愛液が掻き出されて、徐々に動きがスムーズになる。下半身から少しでも注意を逸らすために、宗介は噛み付くようにキスを繰り返した。
滑らかさが、かなめから肉のひっつれる痛みを薄れさせていく。だんだんと、角度によって痛みのない部分が生まれ出す。痛みのない部分を探りあううち、痛む角度が消えていることに気づく。
自分では決して届かない身体の内側が、むずがゆくなる。物足りなさを補うために、宗介を深く咥え込もうと、腰を擦り付ける。
きちゅきちゅと軋む粘着質な音と、腰を打ち込まれるたびに擦れるつぼみの刺激と、熱に浮かされた宗介の瞳が、かなめを高揚させていく。
「そ……スケ……ヘン……なんか……気持ちいい……よ……」
「ちど……り……っ……」
かなめが快楽を得るまでは、と堪えていた宗介の高まりが、一気に加速する。
角度を変えたり、リズムを変えたり、強弱をつけたりといった余裕が次第に失せて、取り憑かれたように腰を打ち込むだけになっていく。
「ソースケ……そーすけぇ……っ……!」
「……ぐっ……!!」
声が一段高くなると同時に、かなめの中が、咀嚼するように断続的に宗介のペニスを絞り込んだ。
歯を食いしばって、宗介は下半身から来る震えに身を任せる。数度に分けて射精すると、脱力したようにかなめに倒れこんだ。
「では、次は2週間後に。お待ちしていますね」
「あ、テッサ。アルのデータ収集よろしくね。定期的なデータを見て、また調整するから」
「ええ、分かってます。任せてください」
「ソースケ、ミリタリー・チョコシリーズ第四弾の箱買い、頼んだぞ!」
「了解した」
「あ、それとカナメ。次はやっぱ制服で来てな。そのほうが萌えるから」
「……考えとくわ。あ、クルーゾーさん、初回限定版DVDって、フィギュア付きのやつでいいんですよね?」
「……できれば、その件は内密に」
「はっ! やだねー 隠れオタクは、これだから!」
「なんだと?」
「あーもー鬱陶しい! 向こうでやんな! じゃソースケ、またね。留年するんじゃないわよ」
「了解した」
なんだかんだと騒いだ後、ヘリは二人を乗せて飛び去った。
同じころ、1時間半に及ぶ演算を終えたAIが、静かに結論をはじき出していた。
「応答しない?」
「ええ。コンバータは間違いなく作動してますし、起動はしているはずなのですが……」
ノーラ・レミング少尉は、困り果てて上官に相談を持ちかけた。
つい昨日、調整を終えたばかりのASが起動しないなんて。最終調整時、活動時間は劇的に上がり、神経伝達効率も飛躍的に伸びて、不具合なんてひとつもなかったはずなのに。
レーバテインに直結されたモニタを見ると、起動こそ問題なくしているものの、その後の操作をまったく受け付けない状態だ。
「頭でもぶっ叩きゃ、直るんじゃねえの?」
「アンタね。ASをばーさんのテレビと一緒にするんじゃないわよ」
隣で、新たにカスタマイズされたM9をテストしていたクルツとマオが、沈黙を守るレーバテインを見上げている。
同じくかなめから調整を受けたM9は、問題なく作動しているようだった。レミング少尉にかわって、テッサが直結モニタに向かう。
強制信号コード。
応答なし。
外部経由起動。
これも応答なし。
管理者用パスコード。
書き換えられている。
「こんなことは初めてです……。いったい何が?」
「カナメさんの調整に、何か問題があったのかしら……?」
「否定です。ミズ・チドリの調整にはまったく問題ありません」
これまでうんともすんともいわなかったアルが、当然のように応答した。
「やはり、起動はしているみたいですね」
「アル! ストライキなんて、冗談はよして。はやくサンプルデータの検出と提出を……」
「拒否します」
「……は?」
まったく予想していなかったAIの反応に、テッサは思わず聞き返した。
「……なんて言いました? いま?」
「拒否します、と申し上げました。ミズ・チドリ以外に私のデータを公開することはできません」
テッサの目が点になる。
それから、理不尽な怒りがやってきた。
「いい加減にしなさい! 悪ふざけもたいがいに―――」
「ノー・マム。悪ふざけなどではありません。軍曹殿がミズ・チドリにのみ心身を許すというのならば、軍曹殿に同調するよう設計されている私も、それに従うべきと判断しました」
「サガラさんとカナメさんが……な……なんですって?」
「ノー・マム。申しわけありませんが、貴方にはこの機密に触れる資格がありません」
目を白黒させてぶるぶると震えるテッサの横で、クルツが面白そうに手を叩いた。
「わっはっは! ソースケと一緒に、アルもカナメに操を立てるってか! こりゃいーや! しばらく退屈せずに済みそうだ!」
あくまで上官としての威厳を保つため、顔面蒼白で脂汗を浮かべながらも、テッサはつとめて冷静に通信機へと向かう。
緊急信号を東京に打つテッサの震える背中を眺めながら、マオは頭の中でソロバンを弾いていた。
今晩訪れるテッサの部屋では、ビールが何本必要になるだろう?
「千鳥。大佐殿から緊急入電だ」
「ん? テッサが? あたしに? あんたじゃなくて?」
「……お二人でッツ……仲良くくつろいでいるところ、大変申し訳ないのですが……っ……! カナメさんに大至急相談したいことがありましてですねっ………」