鉄壁のブラザー・シップ(9)

「今、何時……?」
ようやく呼吸が整うと、かなめは気だるそうに上に覆いかぶさっている宗介にたずねた。
「……23時18分だ」
こちらも脱力したまま宗介が答えると、持ち前の瞬発力とバネを利用して、かなめが跳ね起きた。
「うっそ! ちょ……早く起きて! あと10分しかないじゃない!」
「うむ。思ったより手間取ってしまった」
表情を変えずティッシュを手に取り、かなめと自分の事後処理をすませながら宗介が言った。
「ミもフタもない言い方するんじゃないっつーの! し、シーツ……! シーツの予備、あたし探してくるわ! ソースケはゴミの処理!」
「了解した。ゴミ係の俺にかかれば、こんなものイチコロだ」
「奇妙な自信をのぞかせてないで、とっととやんなさい!」
ちゃちゃっと衣服を整えて、かなめがベッドから飛び降りる。クローゼットや脱衣所を駆け回って『ない!』とか『どこよ!』と騒いだ後で、首尾よくシーツを抱えて帰ってきた。
「端っこ持って! ぴしっと張るの! ぴしっと!」
「了解」
「時間は!?」
「現在時刻、23時27分」
息の合った共同作業により、部屋の状態はなんとか元に戻った。が、まだ問題がひとつ残っていた。
「どーすんの、この空気……」
「うむ……。エア・コンディショナーを最大にしてみたが、効果はいまいちだな」
情事の後の濃密な空気が、ごまかしようもなくベッドを中心に漂っている。部屋の隅にポプリが置いてあったが、たいした消臭効果は望めないだろう。かといって、オーデコロンを振りまいたら逆に怪しすぎる。
「どどどど、どーしよう!? もうテッサが帰って……!」
「万事休すか……!」
潔く頭を垂れる宗介のとなりで、恐慌状態のかなめがあがこうとする。
そう、歴戦の兵士ですら敬服する彼女特有のねばり強さを、今まさにかなめは発揮しようとしていた。
周りを見渡し、役に立ちそうなものを探す。ヘアスプレー、テレビ、観葉植物、カレンダー、CD……目ぼしいものは、絶望的なほど見当たらない。
だが、ソファの下に落ちていたマッチ箱を発見した時、幾度も死地を潜り抜けてきたかなめの不屈の闘志が辛勝した。
「あ、あれだわっ!」
躍りかかるようにしてマッチを拾おうとすると、より近くにいた宗介がかなめより先に手を伸ばした。
「なるほど。火をつけて証拠を隠滅するわけだな?」
「バカ!そんなわけないでしょ! マッチを使って臭いを消すのよ!」
「どういうことだ?」
「二酸化硫黄を発生させて、ニオイのもとの硫化水素を水と硫黄に化学反応させるの。全部消し去れるとは思わないけど、効果はあるはずよ!」
叫びながらかなめが手早くマッチを擦る。すると、彼女の言葉通り、マッチ棒が燃え尽きる頃にはあらかたの臭いが消えていた。
「ふぅ……セーフ……」
「まったく、いつも君には驚かされる」
「でもなんで、テッサの部屋にマッチ? テッサ、タバコなんて吸ったっけ?」
「ふむ……」
宗介が『ある事実』に気づいたその時、リビングの向こうの玄関が開いた。
「ヤッホーカナメ! がんばってる~? サシイレよぉん」
「あら、サガラさん、いらしてたんですか?」

一方的にマオが始めた酒盛りは、30分もするとクルツやヤン、サチたちが参加する大所帯に発展していた。
「ベン! アンタも来なさいって! 酒はだめでも、ペリエくらい出してあげるから」
「や、やっぱりいいです! あ、あたし困っちゃいますよ~……」
「いいからいいから。悪いようにはしないわよ、サッチー」
「で、でもぉ……」
「ベン、テッサの部屋、でっかい液晶テレビあるのよ。DVDならここで見ればいいでしょ。じゃ、待ってるわよ!」
酒の肴の調達を命じられた宗介が食堂から戻ってきた時、マオは上機嫌でインターコールを使って、メンバーのさらなる拡充をはかっていた。
「えーと、次は……ノーラとブルーザーでも呼ぶかな」
「マオ、これは礼だ」
「は? 何の?」
インターコール脇でひしゃげていたマオのタバコの横に、宗介はそっと缶ビールを置いた。

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