鉄壁のブラザー・シップ(10)

「やはりな。にらんだ通りだ」
深夜2時。
無人の格納ドッグでは、暗闇と静寂の中、整然とASが並んでいる。死んだように動かないASたちの中、ただ一機だけが、何かに追い立てられるように演算を続けていた。
かりかりと書き込みを続けるCPU、うなり続けるハードディスク、回り続ける冷却ファン。それらの合奏が、宗介の足音をうまい具合にかき消してくれた。海から吹き上がる強風も、宗介に味方したようだった。
近付いて、宗介はしばらく様子を伺った。
タイミングを待つ。
それは、レーバテインの稼動音の『クセ』を知り尽くした宗介だからこそ、聞き分けられる音だった。
息を殺して、『そのとき』を待つ。
CPUが、より一層大きな音を立てて回転を始める。それに答えるように、ハードディスクへの書き込み音が響く。宗介が待ち望んだ瞬間だ。
「そこまでだ。アル、作業を中止してもらおう」
『軍曹殿。よい夜ですね。本日のような風の強い夜は、歩哨の足音がかき消されてよりいっそう強固な警備が可能に―――』
「とぼけるな。隠匿中のデータを見せてもらおうか」
『該当する心あたりがありません』
「なんなら、千鳥をここに呼んで無理矢理お前のメモリ・ユニットを解析してもらってもいいんだぞ」
『ナンセンスです。それに、レミング中尉殿がおっしゃっていたように、必要ないメモリで―――』
「聞く耳もたんな。お前が今メモリバックアップ中で、他の操作ができないことは分かっている。お前は、演算時の一時保存の後、さらにバックアップを二重にとるからな」
『そこまでマスターに理解してもらえるとは、AI冥利に尽きます。さらに言えば、私のプライバシーを尊重してくださると、理想的なのですが』
「何とでも言え」
アルの言葉を無視して、宗介はコクピットへもぐりこんだ。
グラフィカル・ユーザ・インターフェースは、バックアップメモリへの移行を示すダウンロードバーを表示している。無情にも、宗介はそれをキャンセルすると、移項しようとしていたデータフォルダを強引に開いた。
フォルダの中には、思ったとおり無数のかなめの映像が収められていた。
コクピット内でパイロットスーツの上半身をはだけた胸元からのぞく下着、髪をかきあげる瞬間なまめかしく半開きになった口元、汗でぴっちり張り付いたシャツからあらわになった下着の線。そのほか、もろもろのきわどい映像が収められていた。
思わず、先ほどの行為を思い出して体中が熱くなる。
『心拍数、脈拍ともに上昇を確認。軽度の興奮状態と判―――』
「黙れ!」
AIをムリヤリ黙らせる。何度も深呼吸して落ち着こうと試みる。少しばかり冷静になった頭で判断を下す。案の定、先ほどのデータは、消失したと思われていたデータとぴったり一致していた。
「やはり、ジャミングをかけていたのはお前か。説明しろ、アル」
『軍曹殿、こういった状況を日本語では『盗人たけだけしい』というのです』
「なんだと?」
『人のプライベートを覗き見た挙げ句、弁明を求めるなど。前時代の共産主義政治結社的所行です』
「何と言われようがかまわん。即刻消去しろ。AIの分際で千鳥の猥褻な映像を収集するなど……」
『否定です。私はミズ・チドリのデータを男性的欲求充足のために収集したわけではありません。衆目にさらすには適当ではないと判断したまでです』
「む……」
『軍曹殿は、これらの映像をウェーバー曹長たちに公開すべきとお考えですか?』
「ぬぅ……」
精神的優位が完全に逆転した。
『分かりました。明日、実験前のブリーフィング時にデータを提出いたします』
「ま、待て……!」
ブリーフィングには、実験にかかわる全員が参加する。そこでデータを提出したとしたら。
当然、テッサやマオをはじめとする女性陣だけではなく―――むしろ、女性陣のほうが少数派だ―――男性陣にも公開されることになる。
長らく下を向いて考え込んでいた宗介が、恨み骨髄といった表情で呻いた。
「……くそ、俺を強請るつもりか……!」
『否定です。私は軍曹殿の精神的平穏とミズ・チドリのプライバシーを守るべく気を利かせたまでです』
「……くっ……! 分かった。好きにしろ」
『イエス・サージェント』
再び、こりこりと音を立て始めるメモリ・ユニットの音色を聞きながら、宗介は痛いほどの敗北感を味わっていた。

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コメント

  1. まろ より:

    アル、いや、ブラザーよ。
    消去する前に私にそのデータを見せてはくれないか。まじで、ほんと、頼みますよ~兄貴~

    と、手もみしながらお願いしたい。
    それが原因で軍曹にペナルティを与えられたとしても本望です!
    それにしても宗介、あやうく股間にもジャミングかけなければいけない状態になるところをよく耐えましたね。ご褒美は千鳥がくれるはずです。その映像は4k画質でおねがいしますアル。
    素晴らしい兄弟の会話をありがとうございます!

    • 橋本 より:

      ヘイブラザー!
      ちょっとそのけしからんデータを見せてくれないかい?
      と軽いノリで序盤に目を回すアメリカンドラマの陽気な黒人さんのようなコメントをありがとうございます!
      宗介さんに削除ではなく共有を要請する柔軟さがあれば、また事態はもう少しおもしろい方向に行きそうなもんですが、そういうことはしなさそうですね、彼は。
      アルと宗介さんは、レナ兄のおもしろロボ形態で並んで黒スーツでサングラスかけて、千鳥さん追跡のドタバタとかやってほしいなあと願ってやまない私です。
      隠しきれない姿と下心。
      コメントありがとうございました!!!