太陽はすでにだいぶ西へと傾いていたが、赤道近くにあるメリダ島は、うんざりするような暑さを保っている。座って釣り竿を垂れているだけでも自然と汗がふきだすが、それでも二人は距離をとろうとはしない。
「千鳥、太陽の角度が変わってきた。あちらの日陰に移ろう」
「さっきから結構釣れてるじゃない。場所、変わっちゃうけどいいの?」
「問題ない。どうせ外へ出る口実だ」
「……そ」
さらりと出た宗介の言葉に、かなめは思わず顔を赤くした。一方の宗介は、何ごともなかったようにかなめの隣に腰をおろして釣り竿を海へ放り込んだ。
さしたる釣果もなく、気だるい時間が過ぎる。
「なんか、あたしがはじめてこの島に来た時のこと、思い出すね」
「そうだな。あの時はこんなに時間がとれなかったが」
「本当よ。えらい目にあったわ」
「あの時はすまなかった。君を釣り場へ連れて行くだけのつもりだったのだが……」
「気にしなくていいって何度も言ってるじゃない。でも、ずいぶん昔のことのような気がするなぁ」
「うむ」
沈黙が訪れる。だがそれは、気まずいものではなかった。言葉にできないたくさんの思いを、二人それぞれ口には出さなかった。かわりにかなめは、いつかと同じように宗介の頬に軽く口づけた。
それは触れるだけの軽いものだったけれど、宗介の乾いた肌を芯から震わせた。
けれど、それを言葉にできるほど宗介の語彙は豊富ではなかったから。
ただそっと、かなめの肩に手をまわした。かなめは何も言わず宗介に体重を預ける。納まるべきものが、納まるべきところに納まる。まるで、完成を待っていたパズルのピースのように。そのまま、ただ時間だけが過ぎていく。
あいかわらず蒸し暑い空気。気まぐれに涼しい風を運ぶ海風。どこまでも青い海。かすんだ白い水平線。蒸れるような南国の草のにおい。
心地よいと呼べる気候ではないけれど、この景色は二人だけのものだ。そう考えると、不思議と胸にせまるものがあった。
何か言おうとして、そのたび言葉の無力さを知る。名残惜しげに宗介が帰還の時間を告げるまで、二人は何もせずただ寄り添っていた。
「カナメさん、そろそろ寝ませんか? 明日は初めての実機稼動テストですし」
クルツと宗介が使う下士官部屋の扉を、テッサが控えめに叩いた。
中にいた三人が同時に振り返る。宗介は正確な角度で、クルツは指をかかげて、儀礼的にテッサへ向けて敬礼した。
「あ、そうだよね、あたしが部屋帰らないとテッサも寝られないもんね。ごめん!」
「いいえ。私もたった今、仕事がひと段落したところですから」
「いーじゃねぇ。カナメもココ泊まってけよ。どーせソースケはベッドの『上』なんて使わないんだし。あ、でもカナメがいたら、ベッドの上で寝なくても、カナメの上で寝るか! わっはっはっ!」
慌てるかなめと赤くなるテッサ、一人意味が分からず胡乱な顔をする宗介。三者三様の反応に、クルツがさらに笑い声をあげた。
「なるほど……。サガラさんはそういう『やり方』がお好きなんですね」
恥ずかしげなポーズをとりつつも、テッサが宗介に確認する。
その目に宿る好奇心は、ただの興味……というより、東京の商店街で見かけた噂好きの中年女性を思わせた。口元で握った拳の力強さが、興味の強さを物語る。
「いやぁ、ソースケのことだから、野性のおもむくまま、後ろからってほうが好きなんじゃ……」
悪ノリしたクルツが下品なジェスチャーを加える。ここまでくると、さすがに宗介も何を指しているのか理解できた。
「千鳥を妙な想像に使うな」
「いいじゃねえか想像くらい。お前と違って、俺は実物味わえねぇんだからさー」
「お前に想像されると不愉快だ。お前も、マオに知れたら無事ではいられまい」
「おーおー、いっちょまえに独占欲出しちゃって! メリッサはそのへん、サバけてるからなんともねーよ。オトナだからな」
「第一、俺は後ろからより千鳥の顔を正視するために、上になるか股がらせ……」
「「ぐあっ!」」
シンクロしたうめき声があがる。宗介の言葉を遮るように、真っ赤になったかなめが枕を二人にふりおろした。
「二人で永眠してろっ!!」
「サガラさんて、そうなんですね……」
ぽっと頬を染めて目を臥せるテッサの襟首を引きずるようにして、かなめは艦長室へ向かっていった。